ブッダの生涯 5(佐々木閑「仏教哲学の世界観」第2シリーズ)
Summary
TLDRこのビデオスクリプトでは、仏教の中心である釈迦の悟りについて詳しく説明されています。様々な文献資料によって釈迦の悟りの内容が異なっており、その理由として、言葉だけでは心の状態を完全に伝えることができないことが示唆されています。釈迦の悟りとは、間違った世界観から抜け出し、正しい視点を獲得した心の状態であり、それを言葉で一言で説明するのは不可能だと述べられています。その本質を理解するには、仏教の教えや活動から逆算する必要があると結論付けられています。
Takeaways
- 🗣️ この回は、仏教で最も重要な出来事である釈迦の悟りについて詳しく解説します。
- 🌳 釈迦は菩提樹の下でついに悟りを開きました。菩提樹は「悟りの木」を意味します。
- 🧘 釈迦の悟りの内容については、古い文献によって異なる説明があります。
- 🔯 釈迦が悟ったとされる内容の一例は、「十二因縁」「三明」「六根清浄」などです。
- 💡 しかし、悟りの状態を言葉で完全に説明することは不可能です。
- 🔍 悟りの本質は、さまざまな角度から部分的に説明することで理解できます。
- ✨ 釈迦は弟子たちに対して、自身の悟りの状態をさまざまな形で語ったと考えられます。
- 🔄 そのため、釈迦の悟りの内容が異なる形で伝わり、複数の説明が残されています。
- 🌐 釈迦の悟りの本質は、仏教の教えと修行の実践から逆算して理解するのが適切です。
- 📖 次回は、釈迦の悟りを理解する唯一の方法について、さらに詳しく解説されます。
Q & A
釈迦の悟りとは具体的に何だったのでしょうか?
-釈迦の悟りの具体的な内容については、様々な仏教文献で違った記述がされています。例えば、過去世や未来を見通す神通力を得たこと、六根清浄の境地に達したこと、縁起の法則を悟ったことなどが挙げられています。しかし、悟りの内容を言葉で完全に説明することは難しく、多面的な側面から様々に語られているのが実情です。
なぜ釈迦の悟りの内容が文献によって違うのでしょうか?
-釈迦自身が直接弟子たちに悟りの状態を語る際、様々な表現を用いたため、聞き手の理解の仕方によって伝わり方が異なったからです。悟りの境地は言葉で完全に伝えられるものではなく、多面的な表現を重ねることで徐々に伝わっていくものだと考えられています。
菩提樹とはどのような意味なのでしょうか?
-「菩提」とは「悟り」を意味する言葉で、釈迦が悟りを開いた場所の木のことを「菩提樹」と呼ぶようになりました。もともとはその木には別の名前がついていましたが、釈迦がその下で悟りを開いたことから「菩提樹」と呼ばれるようになり、現在もその子孫の木が残されています。
「無上菩提」とはどのような意味でしょうか?
-「無上菩提」とは、釈迦の悟り、つまり仏陀の悟りのことを指します。「無上」とは「これ以上のものがない最高の」という意味で、仏陀の悟りは最高の悟りであるという意味が込められています。この言葉は、後に「阿耨多羅三藐三菩提」という言葉に音写されています。
なぜ釈迦の悟りを言葉で完全に説明することができないのでしょうか?
-釈迦の悟りは、単なる情報や知識ではなく、心の有り様全体が変容した境地を指しています。そのような立体的で有機的な心の状態を言葉で一言で説明することは不可能です。しかし、多角的な視点から繰り返し語ることで、徐々にその実態が伝わっていくと考えられています。
釈迦の悟りを理解する方法として、どのようなアプローチが提案されていますか?
-釈迦の悟りを上から決めつけて知ろうとするのではなく、むしろ釈迦が残した仏教という集団がどのような活動と修行を重視しているかから逆算して、釈迦の悟りの実態を推し量る方が適切であると述べられています。つまり、仏教徒たちの実践から釈迦の悟りの本質を理解する方が賢明だと提案されています。
「十二支縁」とはどのようなものでしょうか?
-「十二支縁」とは、仏教で説かれている縁起の法則を12の要素に分けて説明したものです。仏典によると、釈迦はこの十二支縁を悟ったと記されていますが、他の文献ではこれとは異なる内容が示されているため、釈迦の悟りの内容には諸説あることが分かります。
釈迦の悟りを伝える上での留意点は何でしょうか?
-悟りの境地は言葉だけでは伝わりにくいため、単に言葉を並べるのではなく、様々な角度から繰り返し語ることが重要とされています。異なる表現を重ねることで、徐々に相手の心に立体的に伝わっていくと考えられています。
生物の定義を言葉で説明するのは難しいことが例に挙げられていますが、なぜそうなのでしょうか?
-生物とは何かを一言で説明するのは難しいのは、生物という存在自体が様々な側面を持つ複雑なものだからです。DNAで繋がれた有機体、意識と生きる意欲を持つ存在など、様々な角度から生物を眺めることができます。このように複雑な対象を一言で説明するのは困難で、多面的なアプローチが必要になります。
この話の中で、数学はどのような例として挙げられていますか?
-数学は、心の状態など立体的で有機的な情報を言葉で説明するのが難しいことの一例として挙げられています。数学的な概念や原理を一言で説明するのは難しく、様々な角度から繰り返し説明していく必要があると示唆されています。
Outlines
🗺️ お釈迦様の悟りの場所と菩提樹について
この段落では、お釈迦様が悟りを開いた場所であるインドのブダガヤについて説明しています。そこには菩提樹という木があり、お釈迦様がその下で悟りを開かれたと言われています。「菩提」という言葉の意味を説明し、この菩提樹が何百年もの間、巡礼者が訪れる聖地となっていることを述べています。
�653 お釈迦様の悟りの内容をめぐる諸説
この段落では、お釈迦様が悟られた内容について、様々な解釈や説があることを指摘しています。十二因縁、三明、六根清浄などの説が挙げられ、それぞれお釈迦様の悟りの本質を違った観点から述べていると説明されています。釈迦の悟りの内容を一言で表すことは難しく、多角的に捉える必要があることが示唆されています。
💡 悟りの本質を説明する難しさ
この段落は、悟りの境地や心の状態を言葉で完全に説明することはできないことを論じています。言葉では限界があり、立体的で有機的な心の状態を平面的に伝えることはできません。したがって、お釈迦様も弟子たちに対して、様々な角度から悟りの状態を説明したと推測されます。つまり、悟りの本質的な理解には、多面的なアプローチが必要不可欠であると述べられています。
🔍 お釈迦様の悟りを理解する道筋
最後の段落では、お釈迦様の悟りを理解する唯一の方法として、仏教の教えや修行の実践から推察することが提案されています。つまり、お釈迦様が残した仏教の集団がどのように活動し、何を修行の主眼においているかを観察することで、お釈迦様の悟りの本質を理解することができると説明されています。次回、さらに詳しい説明が約束されています。
Mindmap
Keywords
💡仏殿
💡悟り
💡菩提樹
💡三乗
💡六根
💡十二支縁起
💡三昧
💡般若心経
💡修行
💡多面的
Highlights
仏殿の各エピソードについて順番にお話をしていく。
お釈迦様の悟りは、仏教で一番重大な場面から始まる。
お釈迦様が悟りを開かれたのは、インドのブダガヤの菩提樹の下である。
菩提樹は「悟り」を意味する「菩提」から名付けられた。
釈迦の悟りの内容は古典によって異なり、12支縁、三昧、六根清浄などさまざまな説がある。
釈迦の悟りを一言で説明することは不可能である。
釈迦の悟りは多面的に語られ、それぞれの伝承で違いが生まれた。
釈迦の真の悟りを理解するには、仏教の実践から逆算することが唯一の道である。
お釈迦様の弟子たちに語られた悟りの状態は、それぞれの理解の違いから多様に伝わった。
悟りの内容を一つの定義で捉えようとしても無理がある。
悟りの立体的な心の状態は言葉だけでは完全に伝えられない。
数学や生物など、本質的な情報は多角的に説明されなければ伝わらない。
昔の資料によって、釈迦の悟りの内容が異なっている。
釈迦はさまざまな角度から弟子たちに悟りを語っていた。
悟りの真髄を把握するには、言葉だけでなく仏教実践からアプローチする必要がある。
Transcripts
皆さんごきげんよう
えっと仏殿のその一番コアの部分がどこなのかというお話をいたしました
それでええ今回からその実際に
コアの部分の仏殿の各エピソードについて順番にお話をしていくことになりますです
からまあ今回がいよいよ本格的
ディナーその仏殿解説ということになりますね
それでええまああの前回お話ししたとおり
いいその率の冒頭に置かれている一番古い形の物語仏前というのは大釈迦様が悟りを
開いたところから始まるんだというお話いたしましたですね
ああああああ
ですから当然 a 最初のエピソードはお釈迦様の悟りという
まあなんとか仏教で一番重大な場面から突然始まってしまうわけなんですねそれでええ
その佐藤僚一甘酢場所ですけれども
うブラがよという場所ですね今
もう仏跡として世界中の人が集まってきますけれども
インドのブダガヤという場所に菩提樹と勇気があります
でその木ノ下にお座りになって悟りを開かれたと言われておりますねでエコノ坊だがや
ですけれども
地理的な
情報はこれ今第2シリーズですけれどもその前に
第1シリーズというの同じこの youtube でアップしておきましたがそれの第
2回目に私まへたくそですけれども
手書きの地図で
お釈迦様のゆかりの地がどこにあるかということを示しておきましたのでもしこのブダ
ガヤの場所がどの辺かということに興味が終わりの方は第1シリーズの2回目をご覧に
なってください
で今回はそれはまあご存知のという前提でお話をしていきますが
この菩提樹の下でをさという
ああそれでですねその菩提寺の菩提の説明しておかなくちゃいけませんね
仏教ではへ
目が覚めるという動詞があるんですね目覚めるという動詞があるんです
これが分ルドゥという同士なんですね分類でこの目が覚めるという動詞から目が覚めた
人
目覚めてしまったもうすでに目覚めた人というのが物価
という単語になりますその一方
今度はこれが阿蘇の目覚め
という人ではなくてね目覚めの方になりますとこの部から
暴利
という単語に変わるんですね
ですから目覚めた人がブッダでその人の目覚め
そのものを指す単語が暴利になるわけです
でこのぶんだが物だという感じに翻訳されてこれが打つという仏という感じな
るわけですが一方のこの目覚めの方がボーディ
は感じでは菩提という感じに直されましてお医者されてこれが目覚め s つまりそれ
が悟りだということになって
菩提=悟りというそういう単語になるわけなんですね
で
もともとお釈迦様がお座りになって悟りを開かれたその気は最初から菩提寺なんて呼ば
れてるはずはないですね
お釈迦様菩提つまり悟りを開いたのでそれから
菩提樹と呼ばれるようになったんでそれまでは別の名前だったですねこれ足張った
という雨季だったんですがお釈迦様がそのしたで菩提
つまり悟りを開かれたのでそれ以来この木は菩提のきぼだい樹と呼ばれるようになり
ました
今でも建っておりますもちろん何台かねその接ぎ木したり
移植したりという形でへ
最初の木じゃないけれどもその子孫がね今でもこの
部大外に立っておりますって世界中の人はそれを
まあ階廃止に今でもね巡礼団が続々と集まっているわけですね
でこの菩提ですけれども悟り
ですが家の一般の
なんとかお釈迦様のお弟子さん達だって悟りを開くわけです
でただお釈迦様というこのぶんだの悟りとそれからその他の人々の里位と区別するため
に良い
そのブッダの悟り夏至の悟りじゃなくて
分らの悟りのことを無上菩提
これ以上上野がない最高の菩提というわけなんですね
でこれをあのこれのそのインドのインドもですね元の大元の言語は三役3ボーディと
言うんです
もっと上があると上がこれ以上会が無いのはあんあ塗ったらて
がつきましてあ塗ったら山脈三保りあ塗ったら山脈三保 d というのがこれが解け様
の悟りを刺すもう
ウルトラスパー
はいサプリというのかなんかそのもう最高中という意味なんだね
でえこれがまた御社されまして
あ塗ったら303ボディが音に移されて阿耨多羅三藐三菩提という単語になりますこれ
が
仏の悟りという意味なんですねこれは般若心経の中に出てきますので般若心経を唱え
られる方々はみなさんこの単語はご存知なはずですがね
はいまあ名前の説明はそれぐらいにしておきまして
それではその
を悟りの内容はなんだったんだと何を悟られたのかという一番あの我々にとっては興味
深い点についてお話をしてきましたね
いません
粗末な作りなものですからなかなかうまくい
です
あの
ここが難しい
何かって言いますとね
一つの
情報がお釈迦様はこれを悟られました
ということがポンと書いてあってそれがどの本を見てもどの興味ても同じことが書いて
あるならば何も問題がないこれが釈迦の悟りだとこう言えるんですが実はお釈迦様が何
を悟られたかということに関してはあの昔のいろんな
てい
資料によってですちょちょちょっと待って
喋りながら治しますね昔からのいろんな資料によってその悟りの内容が違うんです
で今私がお話しをしていますこの仏殿ですね分前の中にはある1つの種類の悟りが
の内容が書かれており
いますそれはここに示しておきましたがなぜ粗末な作りなもんで米ませんね
ここにある十二支炎にこれが
仏殿の今お話をしている仏前の中で言われている
さとりのないよつまり釈迦はこれを悟ったんだ
言うんですねところが他の資料を読みますと同じ場面の中でや違うんだ違うことを悟っ
てるんですねですから
資料によって
釈迦の悟りの内容が違っているという情報
状況なんですそれも何種類かあるんですね
たとえばここにあります2番目にさん夫婦書いておきましたが
この3秒というのは
まあ一種の神通力なんですけれども自分の過去や未来やあるいは他の人たちの
そのあり方ですねこのような中で生まれ変わっていくその
生き方の情報を全部理解し
わかりますか過去のあり方もこれから先どうなるかもですねそれから自分自身の煩悩が
全部断ち切られて私は今悟ったのであるという自覚を得たんだとこれがこの菩提樹の下
で
釈迦ヶ確認したことなんだという説もあるし
それからまた別なもいますと六根六根というのはねあの
よく六根清浄ってあの山伏さんが言いますけれども
六根っていうのは我々が持っている6種類の人指揮官のことです
取って話敵かな
大丈夫ですよ
えっの方
我々は6種類の認識感を持ってる名
みみはなそれからした触覚そして心も認識館心で何かを捉えますから心もに駅か
この6種類の人指揮官のことを六根と言うんですね
この六根を清らかにしあらい
いるその外からの効かない情報を全部シャットアウトし心を穏やかにするというその
方法を私は完全に会得したのであると言う
これが悟りだと言う
説もあるっていう具合に実はいろいろと違った
里井の内容が仏教の文献の中にあるは者なんですね
また十二支炎について後でまたご紹介いたしますけれども
でそのその状況をどう理解するかということなんですがこれはですね
私は当然の事だと思っております
当然の事だと思いますあの大釈迦様の悟りというものはまあ私なんかが言うのは失礼な
話ですけれども
それまでのいろんな本のによって間違ったものの見方は間違った世界観の中で苦しんで
いた我々がその間違いを次第に自分の力で訂正矯正しなおし
そして正しくものを見ることによって苦しみが生み出される
当院を自分の力ですべて排除した状態ですそういう精神状態心の状態が完成したものを
悟りというわけですからこの状態というのはある特定のあの心のあり方なんですね
で心のあり方の全体を言葉で説明するということは不可能です
若いですか
まあ今私ここでこんな風に喋ってここにいますね
今のこの私の心を説明してください
で昨日よりも今日私の心が例えばですね修行によって変わりましたと
昨日はいろんな欲望にまみれていた私の心が今日
修行の力で変わってそのあの汚れのない状態になりました
じゃあその汚れのない状態の心を言葉で説明
してください
これできないですそんなこと
あの
なんというかな
平板な平板な情報を人に伝えるのでありません
例えばあそこに何があるから撮ってきてくださいとそういう情報ではなくてなんていう
かな
立体的に全体として高あの
いろんな要素が集まって集合して有機的につながっている心の状態と
いうものを
言葉でましては一言で説明するなんてことは絶対出来ません
じゃあそのそれは説明不可能なのかというとそうでもない
そうでもないそれはどういう説明の仕方があるかというと多面的に多角的にいろんな
ところから眺めたときにはこうみえます
こちらから見たらこうみえますこちらから見たらこうみえますというふうにいろんな
状態の情報を
個々別々にたように掲示してそれを相手に伝えて相手がそれを受け入れたときにその
立体構造が相手の心にも立体のままで伝わるということなそのためにはね言葉を尽くし
てさまざまな方面から
んあのっ
100%圧伝わらないにしてもとにかくそれを繰り返すことによって次第に次第に
自分の心の状況というのは人に伝わっていくものなんですね
これは心だけじゃないんですあのあらゆるそのう
じゃないとかなええ
本当の情報というのはそういう形でしが伝わらないですね
例えばですね数学うってなんですかとかあるいは生物てなんて
生物がいいかもしれません生物って何ですか
伝えて下さい言葉で言ってください
できるはじゃないですね
だけども伝わらないのかというとそういうわけでもない
伝え方はありますここからこうみたらこういうものが生物なんですしかし別の見方から
見るとこういう言い方もありますと
メーターでは dna でつながっている有機体が生命ですという言い方もある
でしょうし
あるいは意識を持って生きているような何らかの
生きようという意欲を持って生きているのが生命体ですって
いろんなあのほいい形で伝えることができます
おそらくねお釈迦様の悟りというのもそういうものなんです
こんな紙ペラ1枚にズラズラと書いてこれで伝わるようなそんなものであるはずがない
でお釈迦様自身も手手を弟子さんたちに自分のその里井の状況後になってね
私の里位とはこういうものであったっていう語るときにいろんな形で語ったと思うん
ですね
です
から定まらない聞いた人あるいはそれを信仰するお釈迦様を敬愛する人のそれぞれの
思いが釈迦の言葉を違った形で伝えて言ったそれがこういう多面的な情報になって残っ
ているんだろうと思います
で
だけどそれじゃあお釈迦様の本当の里リーがわからないじゃないかということなんです
がそれに関してはですねまた次回お話をしますけれどもお釈迦様の悟りというものを
こういった何か
上から校ですって言って決めて知ろうとしてもそれは無理なのであって
むしろ
逆にお釈迦様が残された
仏教という酋長集団がどのようなその後活動しどのような修行を自分たちの主眼として
おいているかと言うそこからさかのぼって
釈迦の悟りというのはこういうものであったに違いないという風に理解するそれが
を者が
様の悟りというものを理解する唯一の道だろうと思っております
これについてはもうちょっと詳しい説明必要ですね次回その話をいたしますじゃあ今日
は声であります
おいっ
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