ブッダの生涯 4(佐々木閑「仏教哲学の世界観」第2シリーズ)
Summary
TLDRお釈迦様の一生を描いた仏殿についての講義です。仏殿の最初期の部分は出家して悟りを開いたお釈迦様から、仏教僧団ができあがるまでの話であること。この部分が仏殿の基礎となり、のちにさまざまなエピソードが付け加えられて行ったこと。現在の仏教僧団の制度ができた背景にこの話があることを説明しています。
Takeaways
- 😊 仏殿の形成過程を歴史的にたどっていく
- 😮 仏殿の最初のコア部分は悟りから僧団形成までの話
- 🤔 仏殿は釈迦の一生をたどるためではなく、仏教組織の根拠づけが目的
- 📖 そのコア部分は律の中のある部分に記されている
- 📝 律とは仏教の組織を運営するための規則・法律
- 👥 出家受戒の手順がその直後に記されており、関連が深い
- 😯 最初の仏教僧は今の出家受戒とは違うやり方だったはず
- 🎓 だから僧団の成立過程を説明する必要がある
- 📆 それは釈迦入滅後に付け加えられた話だと考えられる
- 📋 以上がビデオスクリプトの要点10個です
Q & A
仏殿の最初の形態はどのようなものだったのでしょうか?
-仏殿の最初の形態は、釈迦牟尼仏の悟りから僧団形成までの話で構成されていたと考えられます。つまり、釈迦牟尼仏が悟りを開いてから、徐々に弟子が増えていき、最終的に僧団が形成されるまでの過程が描かれていたようです。
なぜ釈迦牟尼仏の一生を描いた話ではなかったのでしょうか?
-釈迦牟尼仏在世時の仏教僧団にとって、釈迦牟尼仏の一生よりもむしろ僧団の基礎づけが喫緊の課題だったためと考えられます。僧団の正統性を示すことが先決であり、そのために釈迦牟尼仏の悟りから僧団形成までの物語が重要視されたようです。
仏殿のコア部分は具体的にどこにあるのでしょうか?
-仏殿のコア部分は、律蔵の第一巻のある部分に含まれているとされています。すなわち、釈迦牟尼仏の悟りから僧団形成までの物語に相当する部分です。
出家具足とはどのようなことを指していますか?
-出家具足とは、僧団に入るための手続きを指します。10人以上の僧侶による白四衣提会という会議が開かれ、希望者が僧団のメンバーとしてふさわしいかどうか審議されるという意味です。
白四衣提会にはどのような審査があるのでしょうか?
-白四衣提会では、親の了解が得られているかどうか、公務員でないかどうかなど、社会との関係も考慮に入れた上で、その人物が僧団のメンバーとしてふさわしいかどうか審議されます。
最初の僧団に白四衣提会はなかったのでしょうか?
-そうです。釈迦牟尼仏が最初に悟りを開いたときは1人で、その後5人の弟子を得ただけでした。白四衣提会のような手続きは存在しなかったと考えられます。
それでは最初の僧侶はどのようにして誕生したのでしょうか?
-釈迦牟尼仏が直接弟子を取った形で、最初の5人の僧侶が誕生しました。現在のような手続きはなく、釈迦牟尼仏の判断で弟子を取っていったとされています。
現在の出家具足の制度設立の経緯について教えてください。
-釈迦牟尼仏入滅後、僧団の正統性を示す必要から、最初の少数の僧侶から最終的な僧団形成に至る物語とともに、現在の出家具足の制度が設立されたと考えられています。
なぜ仏殿のコア部分が律蔵にあるのでしょうか?
-律蔵は僧団の規範を定めるものであり、僧団の根拠を示す上で仏殿のコア部分が含まれている必要があったためと考えられます。僧団の正統性を裏付ける意味合いが大きいです。
今後の講義ではどのような内容が扱われるのでしょうか?
-これからは、このコア部分から仏殿が拡大していった過程について説明していく予定だと述べられています。釈迦牟尼仏の物語がどのように膨らんでいったのかについて話していくようです。
Outlines
😀 仏殿の起源と最初の形態
仏殿の最も古い形態は、釈迦が悟りを開いてから仏教僧団ができ上がるまでの話である。この黄色の部分が仏殿のコアとなり、釈迦一代記よりも仏教組織の根拠づけが重要だった。この物語は『僧祇律』の第一巻にある。
😊 出家授戒の手続きの説明
『僧祇律』には出家し僧侶となる手続きが記されている。10人以上の僧侶が集まり、相談の上、希望者を僧侶として認める。これが基本的な出家授戒の方法である。
🤔 初期の出家授戒の裏付けについて
釈迦は最初一人で悟った。組織の裏付けがなければ信頼を得られない。だから釈迦の一代記が仏殿のはじめに付け加えられ、仏教僧団の成立過程が説明されている。
Mindmap
Keywords
💡仏殿
💡歴史的プロセス
💡菩提樹
💡悟り
💡仏教僧団
💡出家
💡率
💡法律
💡出家樹海
💡信用の問題
Highlights
仏殿の一番古い部分は仏教の戒律の中にある
仏殿はお釈迦様の伝記ではなく、仏教組織の正当性を示すために作られた
仏殿のコアは悟りからサンガ(仏教組織)形成までの話である
仏殿作成の動機は仏教組織の基盤固めであった
仏殿のコアは戒律の第一巻にある
戒律の中で僧伽(仏教僧団)入りの手続きが定められている
僧伽入りの手続きを「出家樹海」と呼ぶ
出家樹海を行うのは10人以上の僧侶の会議「白四衣儀」である
白四衣儀では僧伽入り希望者の適性が審査される
仏教の初期には今のような出家樹海の制度がなかったことへの疑問が生じる
仏殿のコア部分はその疑問への回答となっている
仏殿のコアは仏教僧団の正統性を示すものである
仏殿コア部分は釈迦入滅後に作成されたと考えられる
釈迦入滅後、僧団の運営のために仏殿作成が必要となった
仏殿は僧団の信頼性を支える役割があった
Transcripts
皆さんごきげんよう
えっと前回までのお話の中で
あの仏殿の最終形態ですね一番大きく
まあ広がった形の仏殿のお話をいたしました
これで仏殿というものの全体骨格は皆さんにお示ししたことになりますそれで今度は話
を歴史的なプロセスの方へ戻しまして
どういう状態が元になって
最終形態のあの大きな仏殿まで話があ
拡大していったのかというこの歴史的な段階についてお話をする番ですねそれでえっ
えっとまぁ今までのさまざまな研究によってわかっていることなんですけれども
仏殿の一番その古いものというのはこれはお話になっていない
一つ一つのエピソードが単発でいろんな場所にバラバラバラバラ出てくるというそう
いう形です多分お釈迦様自身が私が若い頃はこんなんだったみたいなお話をなさるもの
が記録さ
れていたんだと思います例えば放射笠間は
分日にという場所でお生まれになったんだとか
修行中はいろいろと悪魔と呼ばれるその邪魔な存在が現れて修行を妨害しようとしたの
だ
なんていう話がいろんなところにポツポツあるわけなんです
でそれが
あの1本の井戸で繋がれて一つの話になっていく物語になっていく一番最初まあ仏殿の
あの
出発点ですねそれはどこから始まったのかと言いますとこれはあの何回も示ししている
フリップですけれどもこの話の中の
黄色の部分
黄色の部分つまりお釈迦様があの
菩提樹の下で悟ってブッダになりましたというところから始まるこの話が
らが比較的短いですねこの短い話がこの仏殿のコアになっただろうというふうに言われ
ているわけなんですね私もそうだろう
と思いますそれでええ今日からはこのまずコアの部分お話をしましてそれが終わったら
それが膨らんでいく像高されていく
う状態へとその説明を広げていこうと思ってますそれでですねえっと
さてそこで先ほどの黄色の部分に焦点を絞ってお話をすることになりますね
a ここに書いています文等の障害と書きましたがそれの一番コアな部分ですからそれ
は悟りから
相談形成までなんですね先ほどの黄色の部分だそういうことなんです
お釈迦様が菩提寺の下でを悟りを開いてそれから少しずつお弟子さんが増えていって
やがて皆が集団生活をするようになってええまあお釈迦様一人で全体
を統括するのが難しくなってきたので
まあブンブンまあ分割というのかそれぞれの地域において
乳的に自分たちの力でそれぞれの組織を運営していくという風にね
まあ組織がへ
前田別れしていくそんな要素がだんだんと語られて最後に今の現在の仏教僧団のこの
組織形態が出来ましたといういうところまでこれが最初の仏殿のコアになるわけなん
ですね
よろしゅうございますか
それでなぜそうなんだとどうしてお釈迦様が生まれたときから
ずっとその一生を語る話ではなくてその悟ってから仏教僧団の組織が完成するまでと
いう
なんだかお釈迦様1個人の話というよりも仏教という宗教団体の力士のように思える
じゃないかという風にね感じられる
かもしれませんがその通りなんです
実は仏殿の最初のあの一番大元というのはお釈迦様の一生を語る
みんなにお釈迦様ってこんな人ですよということを示すために作られているわけでは
ないんですね
おそらくねあの
長い時間が経つとだんだんそのお釈迦様が
偶像化されるあるいはまあ神格化されてものすごい人なんだ立派な人なんだだからその
人の人生ってどんなんだろう知りたいなぁというまあ言ってみれば
偉人伝のようなあの扱いになってくるんですが
お釈迦さまがお生まれになってお亡くなりになってその直後の仏教僧団において
はそういう偉人伝よりももっと大切な問題があるわけですそれはないかと自分たちの
この組織の基礎づけ
土台をきちっと固めるということのほうが要望よほど大事ですね
でその時に大切なのがお釈迦様が悟りられてから組織を作るまでのこのレジし仏教超
弾性率4
のほうがよほど大切な意味を持ってくるわけなんですそう
までですねこのその一番古い
コアの部分の仏眼なんですがそれがどこに入ってるか
どこに存在しているかということなんですね
これがもう一番大事なヒントになるわけで
あのん
その悟りから相談地平線までの物語が何か一冊の本になって同率して伝わってますと
いうんじゃないんです
この話は実話
前も一度シリーズの第1シリーズでね
お見せしたんですが
この
この本の中に入ってるんですこれは何かと言いますと
率ですここに率と書いてありますね率の因縁
話と書いてありますがこの率というのは8初めてご覧になる方は
お分かりにならないでしょうから簡単に説明しますと仏教というのは出家をして修行を
する人たちが集まって作る一種の集団の組織なんですね仏教教団
仏教僧団仏教僧団さんがと呼ばれる
仏教僧団でみんなが集まってあの頃も
きてね托鉢して歩いてるあのお坊さん達が一緒に共同生活をしてますね
あの共同生活の組織が仏教の本体なんです
でですから仏教徒は必ず組織的にあの運営されていく組織酋長なんですね
で組織である以上はその組織を統括するための規則が必要です
でまぁあの
一般の社会で言うところ法律というわけですね
それぞれの例えば国とか自治体とかそういうあのひとつの固まった組織が皆で歩調を
合わせてその組織を守り運営していくためには必ずその中で使われる法律が必要になっ
てきます仏教も全く同じ
なので古来もう2500年前からそこには法律が作られているわけです
その法律の全体がこれだけのものがあるわけなんですねこれ仏教の法律ですよ
ではそれを率と呼ぶはれるです
でこの仏殿のコアの部分はどこに入っているかと言うとね
コレの第一巻ですけれどもこれの
床にちょっと印をつけておきましたが
を図りですかこの青いところから青いところまであり
こうですねここから始まって
パラパラパラパラとこうをめぐって次のこの青い
所までですね
高校までがこの青から青の部分
こんだけですね
7歳の縁をで
これだけの部分が
仏殿の一番古いものなんです
美味しいですそれでこれはどこなんなぜここにあるのかと言いますとこの青い部分の後
の次のページからは何が書いてあるかと言いますと横暴さんがどういう方法で
宗教するつまり普通の人がお坊さんになりたいと思った後にどういうあの手続きをして
どんな儀式を行ってお坊さんになるのかということが
その後の部分で決められているんです
その直前にこの仏前のコアがコアの部分が置かれているわけです
これは何を意味しまするかと言いますとね
この法律の中で決められているお坊さんになるための手続き
これをあの
仏教の言葉では出家樹海というんですお坊さんになることねお子さんになることあの
出家樹海というわけ
覚えておいてくださいね8本出勤次回は本当は別々なんで出郷して見習いになって次に
樹海を受けて本当の政治の横暴さになるというのはそんなのあるんですけど今はそれは
置いといてシュッ敬寿会という端までこれお坊さんになることだと
考えておいてくださいでこの出家樹海の方法がここに全部書いてあるわけですどういう
手続きで何をして何をしてて全部変えた
その手続きの内容を簡単に言いますと
ある人がお坊さんになるためには
10人のお坊さんの許可が必要だと回答
よろしいですかつまりまあ言ってみればクラブがあってクラブのメンバーに入りたい人
がやってきたときにそのクラブのメンバーが相談をしてこの人ならば我々の仲間に入れ
てもいいでしょう
言って許可をして入れるという名のと同じで歳差の出費したお坊さん中
人これ住人じゃなくて住民以上ですけれども10人以上が集まって相談をしてこの人
ならば我々と同じ仲間に入れたにても大丈夫ですということが確認できたらその人を
メンバーとして入れるというそういう形なんですこれがあの仏教のあのキー
基本的なお坊さんになるための手続きなんです
よしですでその手続きのことを用語で白紫今ま
樹海というんです逆仕込ん間による樹海と言うんです
詳しいことはあの申しませんこれまあのややこし
単語ですからまた機会があれば内容もご説明いたしますけれども大変面白いんですけど
もね
でただ今はそれ説明している時間がありませんから
この白紫コンマと呼ばれる変わった名前のねこれ儀式の名前です
略字コンマという技師
木を行ってこれあのみんなで相談する会議の名前なんですがこの白紫紺真珠会を10人
以上のお坊さんが集まってこれをやるんだと
そしてそのお坊さんになりたいと言ってやってくる希望者が果たして我々の仲間に入っ
ても大丈夫かどうかこの時いろんな審査があるんです
大事なことはね例えばお父さんとお母さんがちゃんと許可してるか
親の了解を得ない子供勝手に樹海させると後で大変なトラブルになりますからそういう
こともダメだとかね
あるいはあの公務員はダメなんです
国の国家のために働いてる人はダメなんです
それはなんだかちょっと
それは国のためのに働いてる人を勝手に次回させると国の上の人たちねあの
まぁ当時だったら王様とかそういう人たちがうちの大事なあの人材を糧に集計させよう
って何て言って怒ってくるわけでそういうことがないように常に社会との間の宴
月な関係を保つためにはある程度の審査が必要でそれで逆し今まで二回させるわけです
でこれは今もずっと続いているお坊さんになるためが綺麗なんですが実はですね
こういうもんだよお釈迦様が最初出家なかってお釈迦様が悟られた時はお坊さんひとり
だったんだと
でそのお坊さんがお手手さんをだんだん作って言って仏教が広がっていったんだけども
最初中になかったじゃないか
ですね牛任意最初お釈迦様一人だったじゃないか
で伝説によるとその後お釈迦様5人の
1をリリースさんにしたというから仏教は最初お釈迦様も入れて6人から出発している
場合である
そうするとこの我々が今を行っている逆しコンマという住人のお坊さんが集まって行う
この二色はできたはずがないじゃないかと
できなかっただろう
ということは最初のお坊さんというのはあるいは見世物ですかというそういう疑問が
起こっていくつまり組織の裏付けがないわけです
でこれはきちっとさせるためにはお釈迦様が最初一人で大阪総理を悟りを開いてその後
5人の人がを弟子になってさらにそこから増えていきましてというふうに最初
は今とは違う
規則でお坊さんを作っていたということをちゃんとあのなんとか
あの証明しないといけないわけです
そしてそれが最後にだんだんこの仏教僧団が出来上がって完成した段階で今のような
法律になったんですよと言う
公立成立しというの法律の制定しというものを皆に説明しておかないと
この組織の信用に関わるわけです
そう
いう意味でね
仏教僧団成立しというものが当時の
おそらくこれはお釈迦様はなくなった後ですよ間違いなくね
亡くなった後の人達がこのわれわれの組織お釈迦様亡き後も正しく運営していくために
はちゃんとした裏付けの話が必要だということでこういう
お釈迦様のお話をね
こうもいい
頭のところに付けたとかこれが仏眼ができる一番最初の道行きだろうと言われているん
です
はいそれじゃあまたこの話はもうまだいろいろとお話したいことがあるので続きはまた
次回お話をしますこれではありますね
ごきげんよう
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