日本史基礎講座#1 温暖化にともなう生活の変化

田中結也の日本史チャンネル
6 Feb 202228:21

Summary

TLDRこのスクリプトは、日本史の基礎を学ぶための第1回目の授業で、原始社会をテーマに旧石器時代と縄文時代に焦点を当てています。视频は、時代背景や気候変動、动植物分布、人類の生活形態、縄文土器、石器の進化、集落の形成、物質交換、信仰や習俗、そして縄文時代晩期の稲作技術の伝来について詳細に説明し、日本史の進化を理解するための基盤を提供しています。

Takeaways

  • 🌍 原始社会の研究は、時期と気候、地理的な機構を考慮する必要がある。
  • 🗓️ 旧石器時代は約1万3千年以上前、更新世には約1万年よりも古い時期を指す。
  • 🧊 氷河時代の気温は現在よりも7度から8度低い、繰り返しの氷河期と間氷期があった。
  • 🌿 旧石器時代の日本列島は、大型陸域動物が生息し、針葉樹林や広葉樹林が広がっていた。
  • 🦌 先住民は大型動物を狩猟し、植物を収集する生活を送っていた。
  • 🛖 縄文時代の人々は集落を形成し、定住生活を送るようになった。
  • 🏹 狩猟方法は多様化し、弓矢や落とし穴を用いた方法が見られた。
  • 🐚 縄文時代の食料獲得方法は、狩猟・漁業・採取に加え、骨角器や磨製石器を使用した道具が登場した。
  • 🏺 縄文土器は、素焼きの土器を製作し、縄目や文様が施された。
  • 🌾 縄文時代後期には、水稲農耕の技術が伝来し、一部の地域で水田が形成された。
  • 🔍 縄文時代の研究は、貝塚や遺跡などの考古学的証拠に基づいている。
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Outlines

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📚 日本史の土台作りと旧石器時代

この段落では、日本史の基礎を学ぶ方法と旧石器時代の特徴について説明されています。旧石器時代は約1万3千年以上前のことであり、更新世の氷河期と間氷期の繰り返しが特徴です。この時代には、大型動物の狩猟や植物の収集が行われ、打製石器が使用されていました。また、海面の変化に伴い、日本列島は大陸と繋がり、大型動物が移住した様子が見られます。この時代の研究は、日本史の理解に不可欠な基礎となります。

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🧍 旧石器時代の人々と生活

この段落では、旧石器時代の人々がどのような生活をしていたかについて説明されています。旧石器時代の人々の生活は、狩猟と植物収集に中心がありましたが、狩猟においては大型動物から中小動物へと移行が見られ、落とし穴や弓矢などの技術が用いられるようになりました。また、漁業の発展に伴い、漁師や釣り針などの道具が登場し、狩猟から漁業への転換が見られました。この時代の人々はまだ集落を形成せず、移動を重んじていたと推測されており、共同墓地の建設など、社会構造の変化が見られます。

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🌿 縄文時代の環境と生活

縄文時代は約1万3千年前から2500年前までの時期で、気候の温暖化に伴い、海面が上昇し、日本列島が形成されました。この時代の動物は中小動物が中心となり、大型動物は絶滅しました。植物については、針葉樹林から落葉広葉樹林への移行が見られました。縄文時代の人々は、食糧獲得方法が多様化し、狩猟、漁業、採取が行われました。また、定住生活が始まり、集落が形成されるようになり、縄文土器が作られました。縄文時代の社会は、物質交換が盛んに行われ、互恵的な関係が築かれたものとされています。

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🏡 縄文時代の集落と文化

この段落では、縄文時代に集落が形成され、半地下式の竪穴住居が建設されたことが説明されています。集落は中央の広場を囲む環状集落として形成され、共同墓地が作られるようになりました。縄文時代の人々は、物資交換を通じて交易を行っており、黒曜石や翡翠などの石材料、装飾品が各地に流通していたことが示されています。また、縄文時代の信仰心は非常に強く、自然崇拝の風習が見られます。土人形や抜歯などの習俗、自然との共生の姿がこの時代の文化を特徴付けています。

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🌾 縄文時代後期の農耕と遺跡

縄文時代後期には、大陸からの水稲農耕技術が伝来し、一部の地域で水田が作られるようになりました。これは、日本史上初めての稲作であり、縄文時代後期に始まったとされています。特に九州地域で水稲農耕が行われ、稲作が普及する前に移籍などで確認されることがありました。縄文時代の遺跡には、貝塚や大型掘立柱建物の跡、亀ヶ岡式土器など、当時の生活や文化が残された証拠が見られます。

Mindmap

Keywords

💡旧石器時代

旧石器時代は、約1万3千年以上前の時代を指す。この時期は、日本列島に人类が住むようになり、彼らの生活は狩猟や採集に主たされていた。视频中で、旧石器時代の人々が打製石器を使用し、大型動物を狩り、植物を採取していたことが説明されている。

💡縄文時代

縄文時代は、約1万3千年前から2500年前までの時期を指し、この時代の人々は縄文土器を作り、狩猟や採集に加えて、定住生活を送るようになった。视频中では、縄文時代の前期に気候が温暖化し、大型動物が絶滅し、代わりに中小動物や魚類を中心とした生活が発展したことが触れられている。

💡打製石器

打製石器とは、石を打ちて作った道具の総称で、旧石器時代の人々が使用していた。これらの石器には、石斧や石鏃が含まれ、狩猟や工具として活用された。视频中では、打製石器が旧石器時代の人々が生活を支えるために欠かせない道具として使用されていたことが述べられている。

💡縄文土器

縄文土器は、縄文時代に作られた粘土製の器物で、表面に縄目のような模様があることを特徴としている。これらの土器は、食物の保存や調理に使われ、また儀式や葬儀においても重要な役割を果たしていた。视频中では、縄文土器が縄文時代の人々が定住生活を送るにつれて作られるようになったことが述べられている。

💡気候温暖化

気候温暖化とは、地球の気温が上昇し、気候が暖かくなり、湿った状態になる現象を指す。縄文時代の前期に日本列島では気候温暖化が進み、大型動物が絶滅し、代わりに中小動物や魚類を中心とした生活が発展した。この変化は、人类の生活や文化の発展に大きな影響を与えた。

💡集落

集落とは、一定の地域に集まって生活する人々の集团を指す。縄文時代に人々は集落を形成し、環状集落を築き、共同墓地を作って生活を送るようになった。集落の形成は、定住生活の開始と共に、社会構造や文化の発展に重要な役割を果たした。

💡物々交換

物々交換とは、货币や他の媒介物を介さずに、直接物を引き換えることを指す。縄文時代の人々は、他者との交流を通じて、必要な道具や装飾品を交換していた。物々交換は、地域間の連動や文化の交流を促進し、社会の発展に寄与した。

💡水稲農耕

水稲農耕とは、水田で水稻を栽培する農業方法を指す。縄文時代後期には、大陆から伝来した水稲農耕技術が日本に導入され、九州などで稲作が行われるようになった。水稲農耕の導入は、食料生産の増加や社会の進化に大きな影響を与えた。

💡貝塚

貝塚とは、貝殻などが堆積された遺跡を指す。貝塚は、食物の採取や食生活の習慣を知る上で重要な資料となっている。また、貝塚の発見は、縄文時代の人々が海岸沿いに生活していたことを示している。

💡磨製石器

磨製石器とは、石を磨いて作った道具で、旧石器時代後期から使用された。これらの石器は、磨くことでより鋭利な刃を持ち、多様な用途に使われることができた。磨製石器の使用は、技術の発展と生活の進化を象徴している。

💡環状集落

環状集落とは、集落の中心に広場があり、周囲に館が囲むように作られた集落の形態を指す。このような集落は、縄文時代に見られるもので、定住生活を送る人々が集団で生活していたことを示す。環状集落は、当時の社会構造や生活様式を研究する上で重要な資料となっている。

Highlights

旧石器時代の日本では、大陸型の大型動物が生息しており、狩猟が行われた。

縄文時代の始まりは約1万3千年前で、気候の温暖化が進み海面が上がった。

縄文時代前期には、落葉広葉樹林が広がり、中小動物を中心とした狩猟が行われた。

縄文時代には、弓矢や落とし穴を用いた狩猟方法が開発された。

縄文時代の人々は、集落を形成し、共同墓地を作って埋葬習俗を行った。

縄文時代後期には、磨製石器が使用され、石皿や石鏃などの道具が作られた。

縄文時代の集落では、物資の交換が行われ、環状集落が形成された。

縄文時代に入ると、定居生活が始まり、定住集落が形成されるようになった。

縄文時代の人々は、自然崇拝の風習があり、自然を畏敬していた。

縄文時代の遺跡から、黒曜石や翡翠などの石材料が広範囲にわたって流通していたことが分かった。

縄文時代後期には、水稲農耕の技術が中国大陸から伝来し、一部の地域で稲作が始まった。

縄文時代の貝塚から、貝類や植物の種子などの食料採取が行われていたことが分かる。

縄文時代の土器は、焼成技術が進み、形態や装飾が多様化した。

縄文時代の人々は、動物の骨や角を道具として利用していた。

縄文時代の社会は、互恵性社会と呼ばれ、集落内の人々が協力して生活していた。

縄文時代の終盤には、大型の掘立柱建物が建設され、人々はより定住的な生活を送った。

縄文時代の遺跡で発見された石鏃や石斧は、狩猟や採取活動に使用された。

縄文時代の人々は、特定の歯を抜くなどの風習があり、身体的変形を行っていた。

縄文時代の終盤には、九州などで水田跡が発見され、稲作が始まった。

縄文時代の遺跡から、大陸からの文化交流が確認される。

縄文時代の社会では、自然環境と共に生活し、信仰心の強い風習が存在した。

Transcripts

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日本史の土台作り

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第1回目は原始社会をテーマにし旧石器

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時代と上戸ん時代にチャレンジしてみ

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ましょう

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レジメの方手元に準備していただいてそこ

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に基本的な歴史様をどんどん書き込んで

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いくっていうスタイルを取りますこれで

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最低限必要な要望をしっかりとマスターし

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てください

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ただそれ以外にも

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せっかくなんで僕が説明した口頭でのこの

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説明を色々かけコンク

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聞いたことを書き込むって練習はこれは

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大学に入ってからも絶対に必要なことなの

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で今のうちにできるようにしておいて

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ください

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それぞ

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見ていきましょう

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近くの一番

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更新制の日本

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まずはこの原始社会を学ぶにおいて重要な

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点が2つあります

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一つ目は

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時期を考える

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そしてもうひとつは機構を考え

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時期と機構

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時期と気候なんです

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早速その時期については嬉しい目格好の市

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丸の1をご覧下さい

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この時代は

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旧石器時代

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これは

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1万3千年以上前の古い時代なんですね

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これだけだったらわかりやすいんだけれど

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もう一つ

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この格好の一番

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約1万年よりも古い時代のことを

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更新制って言います

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これは我々社会の人間の呼び名ではなくて

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地質学者たち

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分かりやすくいうと罹患の人たちはこの

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1万年以前の原始社会のことを更新制って

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言うんです

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一万年よりも古くなってくるとこれね別名

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ん氷河時代と言うんですよ平均気温で言っ

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たらそうですね

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今よりも7度とか8度くらい低い

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まあそうだな本州の東京都か大阪で生活し

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ている人だったら北海道にいきなり済む

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ような感覚だと思ってくださいね

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氷河時代ってずーっと寒いわけじゃないん

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です

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表記と

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間氷期を繰り返すことになる

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これ次のページに

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参考資料がついています

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必ずこの

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参考資料を横に並べながら聴いてほしいん

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ですけども参考資料の2番かな見てみ

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ましょう

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佐古七が猿人原人9人新人そして現代

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ヒント

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このようにこの生物の進化を

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回たーーー

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ものがあるでしょ

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そこはまぁを超えていただいた上で

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このちょっと下の方に海面の高さってある

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じゃないですか

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当然海面の高さって言うと暖かくなったら

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ですね氷が溶けるのもいいんですけれども

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暖かくなると回目上がっていくんですよ

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っていうことは氷河時代の特に表記って

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いうのは海面が下がる理由

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これギュ術とかミンデルリスビル胸この

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覚えなくていいんだけれども

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この表記には回目の高さがマイナス100

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メートルぐらいになることもあるんだよね

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となってくると今日本っていうのは日本

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ベッドうっていう島国なんだけれども

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海面が下がると言うらしい亜大陸と

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つながる大陸の一部となるわけなんです

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すると大陸型の大型動物がトライすること

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になると言うこの理屈を抑えるわけなん

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ですね

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ではこの日本に渡来した動物を確認すると

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丸の3番をさっき見てみましょう

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大型動物です

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北方系のマンモスと

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あとは南方系の

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さんやオオツノジカ

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いっ

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この山に入ることは先考えよう

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これは

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ドイツ人の地質学者である

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ナウマンという人もいます

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この人は明治時代の初期に日本にやってき

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た人なんですよ

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このナウマンが化石を発見したことから

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ナウマンゾウと命名されました車次に植物

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の生態系を確認すると

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寒いところっていうのは針葉樹林か広葉樹

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林かどっち

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寒い時って言うとやっぱりクリスマスの

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時期をイメージして

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クリスマスツリー夜のモミの木をイメージ

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すると葉っぱが尖ってチクチクするじゃ

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ないですか

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ということで植物の生態系は過去の4番

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針葉樹林が入るわけなんです

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こうした動物を追って

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人類がこの日本にもやってくるわけなん

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ですけれども

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その人の化石人骨が発見されております

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までの2番に戻りましょう

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静岡県の

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浜北

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そして沖縄県の港川というところで新人

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段階の人骨が発見されているんです

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こうしたものが問われる時には必ず

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都道府県名がヒントになりますので

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都道府県目を見たら応えれるようにして

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おきましょうね

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この人骨って後の遺跡と何が違うのって

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言うとこれは

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骨しか発見されていないわけよ

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わかるどういうことは

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これ共同墓地のようなものっていうのは

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まだ作られていない段階なんじゃないのか

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縄文時代とか弥生時代とかもうちょっと後

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の時代になってくると人々は集落という

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ものを作るわけなんですよ

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で集落で定住するようになってくるとお墓

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を作るようになるんですけれどもこの時代

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の人ってまだまだ

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移住生活をしていたんではないのかという

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ことが講師化石人ぽつからも推測すること

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ができるのです

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それでは旧石器時代の人々の生活について

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見ていきましょう

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原始社会といえば仮9漁業木の実を取る

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なんていうような典型的な生活をイメージ

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できますよねそれでいいですよ

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特にこの時代は大型動物の狩猟だとかあと

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は植物性食料の採取に注目してください

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でまだまだ移住生活を行っていましたので

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なんかみんながよく知ってる竪穴住居

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みたいな言葉はまだ使わないでほしいな

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で狩りをする時には

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設計を用いる理由なんですが丸呑みばを見

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てみよう

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ただ打ち砕いただけの打製石器が用いられ

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ました

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石材としては火山岩の一種でもある黒曜石

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や後はさの回答などが用いられます

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でこれらが格好の5番

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更新制末期の火山灰スト

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赤土の地層でおなじみの

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関東ローム層から発見されました

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この思想っていうのはある程度年代を特定

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することができますので

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このだ成績が用いられた時の年代を特定し

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これが旧石器時代に相当するとこういう

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ような理屈になるわけなんです

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理屈がわかれば具体的に打製石器を図版

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資料で見てみましょうこれも参考資料を

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つけております

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ご覧ください

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こちらです

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やっぱりねこういうのは癒すとしっかりと

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見てイメージして欲しいよね

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まず左上

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これは石斧

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そして右上ないフーガた席

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そして左下の先頭きっ

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さらには妻せっ記

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この辺です

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特に下の二つ

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戦闘機と砕石は

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次第系だったら化してくるかもしれません

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のでやりの先っちょにつけて突き刺して

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用いるほうが戦闘機

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あとは小さな

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細石刃をいくつか組み合わせ

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これが最接近となります

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ではしっかりとこれを通販資料で押さえた

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はいこの打製石器の説明は格好二の丸のに

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をご覧下さい

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ナイフ形石器

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そして戦闘機はあらかじめ書いてますが

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格好の6番

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晶石をきや骨の側縁に埋め込んだやりを何

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と言いますかと聞かれますので

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これが最接近となるわけなんです

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砕石はどうやらシベリアの方から北海道を

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経由して来伝わってきたようなイメージを

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持っておいてください

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こうした出す a せっきーが発見された

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五星旗をいくつか覚えないといけません

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今回のこの日本紙の土台づくりは

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ベーシックな内容をまとめているものなの

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でこれだけは覚えておいてねっていうもの

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を上げております

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i 格好のならば

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これの都道府県名がセットになっており

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ますのでそこから答えられるようにし

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ましょう

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群馬県の遺跡で

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相沢忠洋が発見した

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相沢忠洋が関東ローム層もなくから打製

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石器を発展しこれが日本考古学の端緒と

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なったと言われますよね

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そう

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岩宿遺跡です

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ただこの岩宿遺跡

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もうちょっとだけ突っ込んでいただきたい

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のはこれ一発見されたのか

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1946年なんていうとこれが

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アジア太平洋戦争の後だってわかる

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そ戦後 ghq によって日本が占領され

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ているような時代にようやく

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学問が自由になってくるんですよ

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その中で考古学が発達していき

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この岩宿遺跡の発掘調査が行われることに

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なっていくんです

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あとし台形の形は長野県の野尻湖移籍を

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覚えておきましょうか

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ここではナウマンゾウやオオツノジカの

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化石が発見されております

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これマップもその化石を発見されていない

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んですよ

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ちょっとね参考資料を見てみましょう

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こちらをご覧ください

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北方系のマンモス

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南方系のオオツノジカそしてナウマンゾウ

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横の

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o 2直ナウマンゾウが本州の方に入って

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くるんでしょ野尻湖くらいまでまあこう

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来るわけ長野県だね

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まもうその遺跡ってこれ北海道でしか発見

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されていないので

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大陸と陸続きになっているとはいえ

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これ

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青森県と北海道との間あるじゃないですか

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これ津軽海峡って言うんですよ

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これ

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このツバル快挙って本当に陸続きになった

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んだろうかって結構言われてますよね

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ここ県二階から

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繋がらなかったんじゃないのかとか

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やっぱりマンモスってなんか寒い地域に

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住んでいるので以下にこのときの日本が

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氷河時代とはいえこれ以上南にはて

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にくかったのではないのか

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こういうことを考えさせたいときには野尻

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湖移籍をと言いますけどね

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それでは

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資格の2番に入っていきましょう

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関心生の日本です私はどちらかというと

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この地質学上の区分でこのプリントを

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まとめていますからね

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はいやっぱり時期と機構チェックします

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時期的にはまずこの縄文時代というと約

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1万3千年前から

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2500年前までです

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現在おおよそ2000年頃だとすると

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2500年前っていうと紀元前500年頃

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までなのかな

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で教科書によっては

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1万6000年前に開始するという説も

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出されているとありますがまぁ

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ややこしかったらこれはもう切ってもらっ

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てもいいかな

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サンカクイしておきましょう

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でこの縄文時代について

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理科の人はちょ

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i 特に地質学上この時代は

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関心生に相当します

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彼の申請は約1万年前から現在に至るまで

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れ現在に至るっていうところもポイント

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ですよねじゃあまとめると

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13000年前に縄文時代がスタートする

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それから3000年ぐらい経って関心生に

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なってく

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縄文時代の前期ぐらいに関心青に変わる

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って言うことですよね

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気候が温暖化するんですよね

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さっきのいくつだと温暖化すると海面の高

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さは上がる下がるどっちって着替えたら

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当然解明の高さは上がっていきます

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そして a日本は島国になっていく

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この海面が上がっていく縄文時代前期に

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海面が上がっていくことを格好の10番

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会心って言うんですよ

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イーライと聞かれますので覚えておいて

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ください

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この温暖化が進むだ時代動植物について

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確認すると

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体育からやってきていた大型動物は絶滅し

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ます

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一方で動物は中小動物が中心となっていき

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ます

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ニホンジカやイノシシなど

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そして植物についても気温が上がっていき

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ますので

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今の日本列島よりもちょっと上がるぐらい

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です基本はそれぐらい温暖化していると

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思ってください

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ということで

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針葉樹林ではなく

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11番

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落葉広葉樹林がいるなんで更新用書林の

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反対だったら広葉樹林じゃないのかって僕

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も思うんだけれども

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でもは教科書は落葉広葉樹林と

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こういうふうに書かれておりますので

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正式の名称で覚えてください

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西日本は照葉樹林です

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しっかりと東西に分けと覚えるのは白井系

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の方だけですよ

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それは縄文時代の人々の生活および振興に

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ついて見ていきます

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まだまだこの縄文時代というのは食糧を

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採取していく時代なんですよやはり狩りだ

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とか

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漁業だとか木の実を取るこの格好をつけて

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狩猟漁労採取が中心です

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ただし旧石器時代と比べて

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コメっ

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食料採取の方法が多様化していく

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様々な方法が取られるようになっていくと

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いうところに注目するんです

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まずは中小動物は俊敏な動きをしますので

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これを狩るためには中には

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これ弓矢を用います

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たものゆうみんやーの弓矢の矢の先っちょ

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部分

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この部分ね

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この部分だけをとって

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感じ難しいんですけど

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石鏃って

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いいます

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はいあとは落とし穴を使う場合もあると

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はい落とし穴を作ったっていうこの遺物が

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残されているんですよね

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で海面が高さが今よりもちょっと高い

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ぐらいです5m ぐらいまで高いと思って

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ください

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だからさまざまなところに入江が形成さ

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れる

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さらには大陸棚も形成されて漁業が発達

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することになるんです

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会心によって漁業は発達すると釣りバリー

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などが必要になってくるんですが

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この釣り針は

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動物のホミを用いて作るんですよ

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だから13番

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これらの道具を総称して何と言いますかと

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聞かれれば答えはもちろん

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骨角器です

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そうだ骨格キノコのか食って夕日気をつけ

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てね人体の骨格の確認しないで動物の骨や

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角を道具にしますので

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おっしゃだめだ

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ダメですかねいいですね最初

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ねぇ感じ結構難しいんで日本してよ漢字

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苦手な人はね苦労するんですよも一つ一2

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回とボイ

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いいですかこれを絶対徹底してくださいね

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愛で最初は相変わらず植物性食料を

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とるわけなんですけれども

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時でアクメ気しないといけないものもあり

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ますよね

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さあという言葉この時についてまとめない

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といけないのか

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丸の2番を見てください

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縄文土器だ

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なんか縄目の文様が付いた時だから縄文

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土器ね

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粘土を使って時を作るんだけれども

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店ソリを焼いただけ

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表面ザッツあらですよ

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あいこういう素焼きの土器というものをを

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用いたんです

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まだまだこの時は松ボーイ時何で厚手国家

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食も多いです

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焼成温度までは覚えなくていいんだけれど

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もまだまだ脆い時であると

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でこの時の形状から6機に区分することが

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できる古い順に草創期早期前期中期後期版

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キーです

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これも資料準備しておきましたので見てみ

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ましょう

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お茶

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このイラストをご覧下さい

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はい超写真使いにくい部分はもうイラスト

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になっておりますが

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やっぱりねぇ

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特徴的なところを押さえておくべきなので

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この中期のか塩とかどうですか一生を

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凝らした火炎土器ね

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あと後期の注ぎ口が付いた

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注口土器

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そして版キノコの瓶が謳歌しきっていうの

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はコレ

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東日本を中心に加盟がおぱ式土器が普及し

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たって言われていますなんといっても最初

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に発見された地名亀が多かっていうのが

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青森県南でこれどちらかけどこれ東に本

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中心でとかメモしておきませんか

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これからちょっとね押さえておきましょう

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縄文時代に用いられた新しい道具っていう

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のはこの時以外ももういくつかあるんです

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けども

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a 丸の3番

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このしないわね打製石器に加えて

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14番

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磨製石器を使用されるんですよ

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ま生っていうのは

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磨くっていう漢字を使うてわかるませーの

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待っていいですね

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俺はちゃんと磨きますよ

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こういう意味合いなのでー

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だ末とませーの両方覚えないとあかんと

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いうことだ

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これもね新しい用語が出てきたら古いよを

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忘れちゃう人が多いんですけれどもそれを

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止めてください相変わらずだ成績も使って

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ます

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やっぱりこの矢尻である石鏃なんて言うと

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惰性だしー

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動物の皮をはぐ石碑

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石匙どっちでもいいよこのあたりのだ成績

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だよね

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一方磨製石器は石皿3誌など

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この辺りを覚えておきましょう

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さあこれをに食糧獲得方法が多様化して

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いくと人々は定住生活を行うようになって

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いきます

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それでの半地下式のあの有名な住居が営ま

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れることになるんですがそれが

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竪穴住居

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いいですね竪穴住居っていうのは集落を

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形成します

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その集落は中央の広場を十数軒の館な状況

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が囲むのでこれ環状集落って言います動き

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を付けて下さい

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感情です

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間違えてね

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環濠集落て行っちゃったらこれね弥生時代

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になってしまいますので気をつけて

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くださいね

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感情主よねー

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はい

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でも旧石器時代からもう前フリ十分なんで

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こうやって人々が集落を営むようになって

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くると

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共同墓地を作るようになっていきます

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はい埋葬は集落内の共同墓地で行われる

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後の古墳みたいな大きな墓が作られたら

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そう言って明らかに権力者じゃないですか

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集落の内部でちょっとしたリーダー格の

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やつはいたとはいえまだまだ3分のような

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ものが作られていない

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このような社会のことを

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互恵性社会と言います三角身分でメモでも

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しておいてくださいね

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で縄文時代の人々は集落間において

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物資と物資を交換する物々交換を行ってい

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たと考えられております

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これまでの5番の広域という項目でまとめ

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ております

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あのモノとモノを交換する時により加工お

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金のような媒介物を用いて交換するのでは

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なく直接星を交換するっていうこういう

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イメージをもってみてください

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打製石器の石材として用いることができる

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やっぱり火山岩とか

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あとは装飾品に用いることができる医師

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などが攻撃の対象となっておりました

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いく上で

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黒曜石翡翠

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3回と

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を3つをおさえておきましょう

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黒曜石というと火山岩なんでこれは火山帯

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から本来発見されるべきなんですよ

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例えば格好の16は長野県の黒曜石の産地

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はって聞かれた

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山資料だ

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長野県に注目するぞ

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7件わかるよね大丈夫ダメ日本ベッドのど

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真ん中でもの和田峠ってあるじゃないです

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かここチェック良いと思いません

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この辺りから黒曜石が発見されるなら

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わかるんですよ

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でもこの黒曜石の出土地ってこうでしょ

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例えばさ

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愛知県の方とかって火山がないよね

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そんなところから

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黒曜石が発見されたっていうことはこれは

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物々交換でそっちまで運ばれたんじゃない

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のかって考えません

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そうでしょだから交易が行われたっていう

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ことのを

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証拠となるわけなんです

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同様にヒスイの産地はこの新潟県の姫か

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い水は効果

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から見つかっている

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パスファルトはもういいや

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サヌカイト引く

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isam 買い取って言うとこの大阪と

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奈良の間ぐらい飲み定山覚えるんだけれど

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佐野回答の民主に本全域どこ見つかってる

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よね

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いや物々交換攻撃が行われておりますなぁ

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というところを考えれば ok

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座長の時代は

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温暖化によって人々の生活っていうのは前

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と比べると

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そりゃね定住できるぐらいにまで成長した

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んですがまだまだその自然の脅威に対して

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寄付するような時代

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自然の境に共に立ち向かい

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し自然の恩恵を共に若くちゃうような時代

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なんですよね

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非常に信仰心の強い自然崇拝の時代なん

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です別メアに水

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この自然を畏怖するところから出てきた

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遺物や風習っていうもの俺をおさえておき

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ましょう

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まずアンさんや北条祈る

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これは土人形が作られるんだよね何かこう

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女性の表現するような土人形が多いですが

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17番は道具です

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して断水を表現するほうが赤道なんだよね

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あと風習としては大人になると特定の歯を

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抜く抜歯

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そして共同墓地に遺体を葬る時には遺体を

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折り曲げて方もるって言うのはこれは何か

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霊魂のようなものをイメージしていたので

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はないかと言われておりますその晩は

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くっそーする場合があるぐらいでいいと

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思いますよ

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では最後に縄文時代の貝塚と移籍について

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抑えておきます

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貝塚っていうのはそもそも

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貝殻などが堆積した遺跡のことで

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やっぱり行為物って父の中だったら腐って

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いくじゃないですか

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でも貝殻に含まれている成分がその

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偽物が腐るのを遅らせるプロジェクトする

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んですよ

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で異物が残りやすい

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海岸沿いに貝塚っていうのは形成されます

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よね

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あのアメリカ人の動物学者である

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モースが発見した事で知られるのが19番

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の大森貝塚

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これは東京都で発見されました

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やっぱりこの申すも旧石器時代に登場した

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なうん版と同様に明治時代になって日本に

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やってきた外国人教師の一人なんだよね

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あとは福井県の鳥浜貝塚に注目して

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ください

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読んでもわかるように表体にエゴマや豆類

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の趣旨が発見されているので食料を採取

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する時代なんだけれども一部植生食料の

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栽培がスタートしていたのではないかと

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いうことを裏づけます

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そして貝塚以外の異性機ということであれ

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ば何といっても縄文時代は青森県の三内

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丸山遺跡です

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これ巨大な柱の跡が発見されておりまして

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大型掘っ立て柱建物が作られて約1500

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年間もの間人々はこの辺りに定住していた

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ということを裏づけます

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あとは例の亀ヶ岡式土器が発見された

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亀ヶ岡遺跡

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そして最後に21番22番はなんと

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縄文時代晩期の遺跡なんですが

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大陸からすでに

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水稲農耕の技術が伝来し一部

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水田跡が発見されるんですよ

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大陸から伝わってくるのでまず九州で稲作

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が行われるようになるよねだからこの縄文

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晩期に稲作が行えたことを示す移籍は九州

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じゃないといけないんです

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福岡県のイ勘助遺跡あ

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さあ減の菜畑遺跡

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この2つの遺跡を覚えておきましょう

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ただこれねー

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板付な畑は縄文時代の晩期から弥生時代の

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初期あたりまでかけて残った遺跡なんで

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まだそこちょっと特定できない部分もあり

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ますのでぱぽちょっと時間の幅を持ってね

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覚えておく方が良いと思います

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それは日本史の土台作り第1回名

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旧跡時代と縄文時代の授業はここまでです

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バッハ

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