PM DAO Life Story - Umita
Summary
TLDRこのスクリプトは、一人の男性が自身の成長とキャリアについて語っているものです。彼は東京の江戸川区で育ち、家族構成が特殊であることを明かします。20歳まで過ごした後、彼は兄弟たちと共に過ごし、趣味や学校生活についても触れます。大学で医療工学を学び、リーマン・ショックの時期を経験したことを振り返りながら、就職活動とその過程での経験についても話します。最終的に、彼はR&Dの仕事から採用コンサルティングに転身し、現在のプロダクトマネージャーとしてのキャリアに至る道を遂げる。
Takeaways
- 🏠 出身地と家族構成: 話者は東京都江戸川区の田舎町出身で、家族構成が特殊で、祖父母が戸籍上にあることが明らかにされています。
- 👨👩👧👦 家族の离异と再婚: 話者は両親の離婚と母の再婚を経験し、家族構成が変化するにつれ、祖父母や叔父母との生活が続きました。
- 🎒 教育と習い事: 話者は幼少期から様々な習い事を受けてきましたが、自分にとって興味深くないものにはサボリューションを明かし、興味を持った分野は熱心に取り組んでいました。
- 🏃♂️ 遊ぶ童年: 話者は小学校時代に学グランド解放で遊び、町内軽道を好み、街を散策する趣味を持っており、今も散歩を楽しんでいます。
- 📚 中学と高校: 話者は公立中学を普通に通い、高校卒業後に理系の専門学校に進み、5年間理系の勉強を続けました。
- 🎯 研究との出会い: 話者は最高学年の時に研究室に入って、医療と工学を組み合わせた分野に興味を持ちました。
- 🎓 大学への進学: 話者は大学3年生に編入し、医療工学に興味を持ち、複数の大学から内定を受けていましたが、最終的には九州の大学に進学しました。
- 💼 就職とキャリア: 話者は医療機器メーカーに就职し、9年間働いています。その期間、メイ業務や労働組合の仕事も経験し、組織の構造や人間関係を学びました。
- 💍 結婚式の影響: 話者は友人の結婚式を手伝い、その経験からブライダル業界に興味を持ちました。
- 👰♀️ ブライダル業界への転職: 話者はブライダル学校に通い、1年間準備した後、ブライダル業界に転職し、その中でさらにキャリアについての興味を深めました。
- 🚀 現在の活動: 話者は採用コンサルティング会社でプロダクトマネージャーとして活動しており、採用プロセスやキャリアビルディングに関心を持ち、より多くの人々に情報を提供し、助けたいと願っています。
Q & A
スクリプトの主人公はどこで育ちましたか?
-東京都の江戸川区の田舎町で育ちました。
主人公の家族構成はどのように特殊でしたか?
-主人公の祖父母が戸籍上洋保になっており、両親が離婚した後、母が再婚し、主人公は祖父母と一緒に生活しました。
主人公は幼少期からどのような性格でしたか?
-主人公は幼少期から気が向かないことはほぼやらない、面倒くさいことをサボっていましたが、やりたいことは結構やる感じでした。
主人公が印象に残っている小学校時代の遊びは何でしたか?
-主人公が印象に残っている遊びは、軽ドロや町内軽道をやるような遊びでした。
中学卒業後、主人公はどのような学校生活を送りましたか?
-中学卒業後、主人公は公立学校で普通に学び、その後5年間理系の勉強を続けました。
大学時代に主人公はどのような分野に興味を持ちましたか?
-大学時代に主人公は医療と工学を混ぜた異様工学という分野に興味を持ち、血流の計測などの研究を行いました。
主人公はなぜ九州の大学に進学しましたか?
-主人公は東京の大学に落ちた後、祖父母の意見を受けて九州の大学に進学しました。
就職活動中に主人公はどのような経験をしましたか?
-就職活動中に主人公は春休み中に東京に戻り、自らの就職活動を始め、大学の先生から怒られた経験をしました。
主人公が最初に勤めた会社でどのような業務を担当しましたか?
-最初の会社では9年間R&Dの仕事を行い、その半分はMJ業務と労働組合の仕事も担当しました。
主人公はなぜブライダル業界に興味を持ちましたか?
-主人公はブライダル業界に興味を持ちました因为には、彼が友人の結婚式を多く手伝い、その幸せな場に感銘を受けたからです。
主人公が現在やっている仕事の内容は何ですか?
-主人公は現在、採用に関するプロダクトマネージャーとして、正規雇用と非正規雇用の両方の採用を支援するプロダクトを作っています。
Outlines
🏠 家族と成長のエピソード
話者は東京の江戸川区の田舎町で育ち、20歳まで過ごしました。家族構成が特殊で祖父母が戸籍上、両親が離婚し、母が再婚。家族は5人の兄弟がおり、話者は幼少期からやりたいことをやる傾向がありました。小学校時代は学グランド解放でよく遊び、街を散策することが好みでした。
🎓 教育と職業の選択
中学を普通に公立で、その後理系の学校に通いました。理系は面白く、文系は趣味として楽しんでいました。大学3年生に編入し、医療工学に興味を持ちました。研究を続けた結果、医療機器メーカーに就職し、9年間働きました。その経験から組織の構造や労働組合の仕事について学びました。
💒 結婚式の経験とブライダル業界への参入
話者は友人の結婚式を数回手伝い、その過程で面白さを感じました。大学時代にサークル活動でイベントの企画や運営に携わっており、結婚式の場での経験がその延续としていました。両親の離婚や家庭環境を考え、結婚式の場を幸せな瞬間と捉え、自分がその瞬間を作り出すことに興味を持っていました。
💼 採用コンサルティングへのキャリアシフト
話者はブライダル業界から採用コンサルティングに転職しました。ブライダル業界ではキャリアの幅が狭く、多くの人が自分のキャリアを広く捉えるべきだと感じました。採用コンサルティングでは、2Bと2Cのサービスを提供し、採用プロセスやキャリア構築の方法を支援しています。
🚀 クリエイティブなキャリアとPMダの活動
話者はPMダの活動を通じて、クリエイティブなキャリアを築きたいと考えています。PMダではアウトプット重視で学び、実践を通じてスキルを向上させています。彼は自分のキャリアや働き方を言語化し、他の人にも伝えたいと考えています。
🌟 組織形態と働き方の発信
話者は組織形態や働き方について発信したいと考えています。彼は自分のキャリアや働き方について考え、それを言語化し、社会に伝えることで多くの人々に影響を与えることを目指しています。
Mindmap
Keywords
💡家族構成
💡教育
💡キャリア
💡教育工学
💡就職活動
💡プロダクトマネージャー
💡PMダ
💡キャリアコンサルティング
💡バリュー
💡社会情勢
💡キャリアアップ
Highlights
家族構成が特殊で、祖父母が戸籍上にある
両親が離婚し、母が再婚してから家族構成が変わった
幼少期から習い事が多く、趣味に興味深いものを選ぶ傾向がある
小学校時代にドロ系の遊びが印象に残っている
中学時代は公立学校で、趣味として理系と文系の勉強をしていた
大学進学は理系の分野に興味があり、医療工学の研究を行った
リーマンショックの時期に大学を卒業し、就職活動が大変だった
就職後はR&Dの仕事に就き、9年間働いた
労働組合の仕事も経験し、組織の構造や人との関係を学んだ
ブライダル業界に興味があり、その分野に転職した
結婚式の場を作り、幸福な瞬間を作ることに价值を感じた
採用コンサルティングの会社でキャリアや採用のプロセスを考えた
プロダクトマネージャーとして新しいプロダクトを立ち上げ、成功させた
PMダウンの活動に参加し、カルチャーデックに触れ、アウトプットの重要性を学んだ
現在の会社ではプロダクトのマーケティングを担当し、バリューを提供したい
個人のキャリアや働き方を考える上での関心があり、言語化していきたい
組織形態についても興味があり、ペルソナの違いを理解し、働き方を実現したい
Transcripts
お願いしますじゃあ僕のえライクストー
リーていうとこなんですけどまずま原点
から辿っていくのがいいかなと思っていて
えっと私ま生まれとしては東京都のあの
江戸川区のま田舎町でえっと育ってきまし
たでえっとそこで20歳くらいまでえっと
過ごしていたですけれどもえっと僕
ちょっと家族構成が特殊でうん
えっと祖父母があの戸籍上洋保ほはいに
なってるんですよあの僕が10歳の時に
両親が離婚してでその後えっとお母さんも
再婚をしてで再婚する時にちょっと家を出
てってでえっとおじいちゃんとおばあ
ちゃんにえっと僕ら3兄弟いるんですけど
はこう戸籍上お父さんとみたいになって
るっていう感じででえっとまその別の
お父さんの方でもなんか2人あの生まれて
いってでま5人男の兄弟っていう感じで
えっと過ごしてまし
たえっと基本僕は幼少期の頃とかってあの
気が向かないことはほぼあのやらない
みたいなところめんどくさがりだったんだ
なとは思うんですよねで習い事とかも
すごくさせてもらってたんですけどあの
自分があんま好きじゃないやつとかはあの
たまに本当にサボっててねま基本バレてた
んだろうなと思うんです
けどでもなんかやりたいってなったことは
結構やるっていう感じでした
でま今ほ今僕大人になってもう超インドア
なんですけどあの子供の頃とかま半々
くらいであのやってて活発だったんです
けどあのま
当時あの今やってんのか分かんないです
けど小学校があの学グランド解放してて
よくそこでみんなで集まってえっと遊んで
たんですけど1番印象に残ってる遊びで
言うとあのドロ系ってま軽ドロっていう人
もいると思うんですけどをもうグランド
じゃなくてあの町内軽道っていうような
ことをやっててあのグランドがあの刑務所
でであの街をあのこれくらいの範囲までは
移動していいっていう風にしててでそれで
なんかやたらこうみんな遊んだりとかあの
本当に人の兵をなんか飛び越えてなんか
やったりと今だ考えた失礼なんですけど
なんかそうやってなんか街散策するのが
好きだったこともあって多分大人になって
散歩とか今でもするんですけどいろんな
ところでなんか散歩するっていのま趣味に
はなってるのかなとは思ってますねでま
中学とかまだ普通に公立で行ったんです
けど僕今あの割系であの中学卒業した後に
に行ったんですよねで5年間あのま理系の
ことずっとまやっててまあの同期としては
そんなに強いものではなかったんですけど
あの理系は勉強してて面白いうん文系は
趣味としてやってて面白いみたいな勉強に
したくなくってでそんな感じでやったん
ですよねなからずっとこう5年間えっと
交戦で学んでってでそこであの5年あの
最高学年の時にあの研究室に入るんです
けどそこであの医療ととあの工学をなんか
ミックスさせた異様工学っていう分野が
あってそれすごく面白くてであの当時は
あの血流のあの計測みたいなのをしてたん
ですけどあこれもうちょっとあで光線って
あの行くとそのまま就職する人の方が多い
んですよあの光線と企業のあの結びつきて
めちゃくちゃ強くてなんかほぼほぼ格で
どっか入れるみたいなとこなんですけどま
一部大学編入する人もいてこもうちょっと
勉強したいなと思ったんで
えっとあの交戦からえっと大学の3年生に
編入するあの感じで入ってでその医療工学
っていうのはすごく面白かったのでえっと
それをこうやってるあの大学とかはいくつ
かこうピックアップしてえっと受けてたん
ですけどま本当はこう都内の大学とかに
受かればあの費用もかかんないしいいなと
思ったんですけどま都内も激戦区なんで
やっぱ落ちちゃってで色々こうその後も
受けてったらあの佐賀の九州の佐賀の大学
に受かってしまってどうしようかなとかっ
て悩んでたらまおばあちゃんがあのうちの
おじ者ってこうまあるし自主というかその
土地を持ってる人だったんですよだから
そこでで結婚したおばあちゃんっていうの
はもうそっから動かない人生だったんで
いや逆に今そういう風に動ける時になんか
ちゃんとなんか動いてた方がいいともう
行ってこいって感じで九州を送り出して
くれてで2年間大学でえっとその医療工学
っていう研究をなんかずっとやっててその
まままその医療工学ま医療機器とかの
えっと会社のメーカーにこう勤めたって
いうところまでがこうおよそ学生から
社会人になっていくまでの過程だったりし
たんですけどちょうど私が2009年新卒
なんですけどあのいわゆるリーマン
ショックの時期でえと僕の時はちょっと
限りが見えてて僕の次の年の新卒の子たち
がもう度直撃な時だったんですよ結構それ
でもあの気難しはあってあの従来あのま
これまたその構成の話と見てるんですけど
研究室と会社の結びつきってのはすごく
強くて大体研究室の先生に推薦書書いて
もらえれば大体入れるんですけどあのその
手が通用しなくなって来ていてで僕もこれ
もなんかあのまある週土地を離れて面白い
なと思ったんだ土地がっていうのもあって
あの東京に友達とかいっぱいいるんで
なんか都内の就職やばいよみたいな話とか
すごく聞いてたんですよでも一方で僕が今
身を置いてる佐ではもうそんな空気全然
なくってみたいなあまうかるっしょみたい
なま地元のどっか受かるしみたいな感じ
だったんですけどいやなんかこの温度さは
何なんだみたいなこともあってあの大体
交戦から大学行く人ってインまで行く人
多いんですけどいやなんかこの空間であと
2年いたくないなっていうのもあってで
あのまあ3年終わる時にえっとま大体動き
出しをするんですけどすごくスピードが
遅くてあのなんかこれ耐えられないなと
あの思ってもう勝手に先にあの春休み帰っ
てきてあの就職活動しちゃっててで1回
怒られてあの学校先生に君はなんで先に
動いてるのみたいなこで怒られたて1回
あの戻ってきなさいって言ってあの大学
戻って今実はこの会社のなんか説明会って
一時前行まで受かっちゃったんですよ
みたいななってあそうみたいなでそれ研究
室も決まってないんで推薦上とかも書け
ないんですけどま一応なんか就職担当の
先生にあのま分かったわかったじゃ推薦
書くからみたいな感じで書いてもらってで
また東京戻ってきてえっと
こうトントンと進んでったらトントンと
受かってしまったっていうところがあるん
ですけどあの本当に面白かったなと思うの
蓋開けてみたらま大体夏くらいまでにあの
その活動終わるんですけど終わった時点で
多分大学側も想定の倍以上会社に受かって
ないって人がうん多くてまそのままインに
行くあの同期の子たちもいてなんか先に
動いといて良かったなとは思ったりとか
なんかその時にやっぱりなんか社会のなん
か状況とかっていうのをなんかキャッチし
とかないとなんか自分がやりたいと思った
ことになんか乗り切れないんだなっていう
のはすごくその時に感じました
ねまえっとR&Dとしてえっとその会社に
あの勤め始めてで最初の会社は9年間を
やってたんですけどあのその9年のうちの
半分はあの2速の話を履いていてえっとま
メイ業務で会社のことやつつその会社の
労働組合のあの仕事も5年間あ4年間かし
ていてで
えっとま組織の構造とかあと老師の関係と
かなんかそういうものをなんかすごく学び
ながら活動してたりとかと今の時期だと今
あの今日は2月ですけど春島とかっていう
のが入ってきたりして賃金交渉という形な
んですけどあのやっぱ働くとはてか働くと
はていうところもそうですしなんか働く
環境を作るにはみたいなところとかも結構
やっててやっぱその人とか組織のなんか
あり方みたいなのをあのすごく学べた時期
だったんですよねでこれをなんかやってた
時になんかこっから先そのままR&Dを
続けていくかよりこの今すごくこう関心を
持ってる人とか組織とかあのキャリアとか
なんかそっちの方になんか向いてく方が
もしかしたら合ってるのかもなと思って
えっと上司にま転職の話を聞き出してで
えっとま結構大きい会社ま死に舗の会社
だったんであの基本就寝雇用まであのもう
終わあの60超えるまでなんかやるみたい
なのが当たり前だったんで転職とかをする
人がそんなにいなかったんですよねだ
すごい引き止められたんですけどもういや
僕はやりますとでえっとそこで次に選んだ
のがブライダルだったんですよで
ブライダルはなんでかって言うと僕その
会社の同期のえっと結婚式の2次回とかを
あの仕切らせてもらうことがすごく多くて
5組くらいやってたんです
けどものすごく面白かったですしあのあ
そっかそっかなんでこれが面白いかって
いうところを紐解くと僕公生時代に入って
たサークルがあってそれあのテジナ
マジックをやるサイクルだったんですよで
1年に1回会社のえっとすごいちゃんとし
たホールがあってでそこ借りてあの発表会
をやるんですけどその時にあの歌演出ま
素人ですけどあのまえっと照明とか音楽と
かなんか席の作り方であったりとかえっと
まマジックって当然種も仕掛けもあるんで
なんかその種も仕掛けも見えないような席
の配置をどう作るかとかえっとあとはその
こう演者のこう出入りとか刷とかの
タイミングとかなんかそういうのこう
すごくやってその場の設計みたいのすごく
面白くてやっててでなんかそこに通ずる
ものがありましたしあとまさっきその両親
が元々離婚してたんですけどなんかこの場
この結婚式の場っていうのはみんな
めちゃくちゃハッピーなのになんで離れる
んだろうみたいなところもあったんですよ
これはんなんなんでだろうなと思った時に
あのこの結婚式の場っていうのは何である
べきなのかみたいなのも結構そのあのお
手伝いしながら考えててえっと個人的には
なんかゲームでいうところの多分セーブ
ポイントみたいな感覚を僕は持っていて
あの当然僕も今結婚して8年経つんです
けどま当然波があったりとかするわけじゃ
ないです喧嘩もしたりとかしますしでもあ
そういえばあの時こうだったよねってこう
戻れる場所みたいなのが多分結婚式とか
結婚式に列してくれた友達とかになると
思ってんですねあだからじゃあ一生懸命
この場を作ればもしかしたらそういう
セーブポイントに足り得るかもしれない
みたいなところがあってブライダルに興味
があってえっと受けたんですけどま当時
それこそあの人材エージェントさんとかに
頼りながら僕ブライダル行きたいんですっ
て言ったらはって言われてあの僕が当然
あのそういう人材サービスにこうあの
エントリーした時ってあの職種がR&Dな
んでR&専門のエージェントが来るんです
よブライダル受けたいですってった時に
えってなってでどうしようこ担当を
ちょっと変えますねみたいな感じになって
て一応そっちの方のあのエージェントとか
にもこう入っていただいてえっとただ
やっぱ書類で結構落ちるんですよ未経験に
なったんででこれはちょっとな度喧嘩せん
といかんという風に感じたんであの1年間
ブライドのスクールに通ってで知識とあと
あとあのま基本的にそこでは知識しか得
られないんですけどたまに先生があの現場
来るみたいなことおっしゃってくださるん
ですよね現場行ってお手伝いしたりとかし
てなんかそういうところで学んでって1
年間準備してえっと転職をしてでその1年
の間に結構気づきもあってさっきはその
ブライダルとはみたいなところでなんか
自分でモチベーション作ってったんです
けどやっぱあの働く上での大変さとかも
やっぱそのスクールとかでこう提供あの
教えてくださったりとかもう本当にもう
アナログチックな業務オペレーションでと
かなんかそういうことを考えた時にあの
これだけ世の中にいいものを提供している
中の人たちとかがなんか仕事する上で疲弊
しているとかあとキャリア選びあのこれ
入ってみてもすごく分かるんですけど
すごくキャニーに対するシアが狭い部分も
あるんですこれ構造的にしょうがなくって
ブライダル入る人とかって結構バイトで
ホールのサービスとかに入ってでそのまま
入る人がいるんでなんかそのキャリアを
あの広く見てどう選ぼうみたいなことを
なんかやってこなかった人たちが多いん
ですよねまそういう部分もありますし
例えばじゃ女性とかだとまそのご出産とか
育休とかを挟んだ後にこの過酷な現場に
戻ってくるって結構覚悟がいる部分ですし
じゃ男性は男性でうんうんなんか40過ぎ
てきた時時に20代ぐらいのこう新郎神父
のなんかプランナーをやるのかて言うと
多分そんなにあの露出も少なくなって
くるってなってくると多分管理職に上がる
かてなってくるんですよこの椅子の数も
少ないんでキャリアブにすごく困るんです
よだから1回ここで離職する人とかも
多かったりだなんかもうちょっとこう
みんな本当にすごく素敵な思いとか実力と
か持っていらっしゃるのにもうちょっと
広くキャリアって捉えていいんじゃないか
なと思ってもうちょっとちょっとの採用と
か組織とかなんかそっちの方にあの今度目
が向き始めてでそれが僕の前職で採用の
コンサルティングやってる会社だったん
ですけど2入ってえっとそこも2Bと2C
のサービスを両方やってて2Bで言うと
会社側の採用とか組織っていうものをどう
していくかて2Cだとじゃキャリアの作り
方をどうしていくかっていうサービスを
こうやっててでそこである種あの今
ブライダルの時に持っていた疑問とかを
こうどんどんどんどんなんか解消できない
かなと思ってこう進んでっってでえっと
そこであのプロダクトマネージャーって
いうのをやってまいくつかこうプロダクト
のこう立ち上げとかをまやってみてで
えっと1回それがピボットした時に
ちょっと次どうしようかなってなって今の
会社に今またその採用関係のプロダクトを
ま作ってあのずっとやってるってよな感じ
ですねでこれまた面白くて前職だとその
採用って言ってもあの正規正規雇用の方の
正規採用のあのご支援をしてたんですけど
今は非正規の方のさあの派遣のあの採用と
かをなんかこうご支援するプロダクトだっ
たりするんですけどもうあの正規とあの非
正規において全然監修とかも違うし給食者
さんがが持っているその自分の仕事に
対する意識とかも全然違うしわあなんか働
くって言ってもこんなに違うのかっていう
ところをまあ感じながらインプットし
ながらなんかずっとやってるっていうよう
なところがまここまでのあの会社の仕事
関係のあの部分かなと思って
ますそ今問われて思い出しました
あの
えっと話が少しさるとあのその両親が離婚
してえっと23年くらいはえっとお母さん
だけでこうあの過ごしてたんですよねでま
昼夜働いてえっといたりとかしててで当然
その家事とかもあのできなかったりあの
する部分あるんですけど僕はあんまり記憶
ないんですけどおばあちゃんがよく言って
たのがなんかあんたはなんかずっと家事し
て
たって言ってて
でずっと人のあとずっと人の顔を伺って
たって言ってたんですよねだ人の顔伺って
でそこに必要なヘルプがあったらそこに
行ってでなんかあのその場がちゃんと
うまく収まるようにあのしているっていう
ところがあったんですよねでそれ多分
ずっとそうでえっと常になんか相手のこと
でえっと相手がこうしたいとかこうやり
たいでも自分の力だけはできないとなった
時にえっと僕はなんか本当にま広く浅く
薄くいろんな人とコンタクトを取ってたん
であえばこの困り事ここで困ってることっ
てえっとあこの人がもしかしたら手助け
できるかもしれないってなった時にすごく
こ繋いでってでそのやりたいっていうもの
の障壁やりたいっていうことをやるための
こう現状とのこう障壁をなんか取っ払う
ようなムーブをすごいしていたんですよで
多分それがもうずっと実機でここまであの
来ていて誰かのやりたい何っていうものに
対してのこの壁をどう僕が介在することで
取っ払うかみたいなところがえっとずっと
根幹にありじゃそれがえっとその時々のま
関心事であったりとか自分がバリュー
出せるところとかにあのなんか所属してっ
たみたいなところはあるかもしれないです
ね
うんいいですね今の話がなんかそのまま
PMダウンの活動にもなんか繋がりそうか
なああでももまさにそうですね本当に
うんそそういうこそあのPMダで1番最初
にこうアウトプットさせていただいたのが
そのカルチャーデックだったりしててま
その組織の考え方みたいなの1番コアに
触れたようなプロジェクトだったりしたん
ですけどすごく共鳴をしていて当然ながら
みんななんかやりたいことであったりとか
実現したいことみたいなのあった時にじゃ
その実現するための方法とか環境とかって
どう整えていいんだろうみたいなのって
知ってる人は知ってるし知らない人は知ら
ないみたいなあると思うんですよね
そういう部分をなんかちゃんと提供して
いけるような自分でありたいしえっと組織
でありたいなっていうの改めてすごく思っ
たんでだからこの多分PMダが好きなん
だろうなっていうのは思い
ます知たきっかけで言うとあの僕その前職
1個前のあの会社の方でえっとサースの
立ち上げをえっとしてましたでま3人
くらいのチームでえっと僕がプロダクト
マネージャーででもう1人がこうま営業
やっててとかあやってたんですけどま
えっとま3ヶ月くらい1回仕込んで
ファーストリリース迎えた時にもう
とにかくこけたんですよあれみたいな
なんか全然なんか結びつかないぞみたいな
とこになってこれは立て直さないといけ
ないとなった時にま当然ながら僕もあの
当時は別にプロダクトマネージャーをや
るっていうことはなくて必要なポジション
だからそれをやってたんですけどま
ちゃんと学んだことというかあのことも
なくって
えっとなので1回やっぱ有識者にちゃんと
聞こうというところがあったんでま
いろんなそういうなんかマッチング
サービスとか使って他社さんのこう先輩の
PMの方とかになんかお話を伺いながら
あの助言もいただきながらやってたんです
よでそれはそれですごくためになってます
しそこで続いて今も続いてあの出いてる
関係もあるんですけどまもうちょっと自分
でこう何か情報取りに行ける場所ないかな
と思って結構その最近でうとプロダクト
関係のコミュニティみたいなのできてき
てるんでもうとにかくなんか色々入ってた
んですよでそのうちの1個がPMダえだっ
たりはしてたんですよねでえっとは本当に
入った当時はあのもう読む線でえっとま
そもそもこの組織って何なんだろうな
みたいなところがスタートしてたりとか
もうあのDiscordも当時使ったこと
ないんであのスラックがやっぱ主流だった
んでdisordドって何なんだろこれ
みたいなで誰が何をしてんのかもわかん
なかたっていうのあるんですけどあのま
投稿とか色々あの見てるとだんだんこう
徐々に他とのなんか違いみたいなのもあの
見えてきてあこれは結構なんかやること
あのまなんか学ぶとかなんかインプット
するとかていうよりはこうやること
アウトプットしていくことみたいなとこに
結構重きを置いてそうだなみたいなとが
ちょっとずつ見えてきた時にそれこそ
バリーディスカバリーがこうボンと出てき
てで僕もユーザーとして使ってた時にあ
なるほどこの組織はこういういうことなん
だっていうのが気づいていってああそし
たらなんか自分もなんかやりたいなとか
実践したいなみたいなのが思ってきた時
に
あのそのそれこそちょうどカルチャデック
をあの作るみたいなところであの手あげさ
せていただいてまPMダオとして正式に
仕事したの多分そこだったとは思うんです
けどまそんな感じでこう入っていって
えっと今はそのバリディスカバリーの少し
あのプロダクトのマーケティングの部分と
かをやってるって感じです
そうあのま僕は普通にそん時もあのま仕事
しててで当然なからら仕事の中でのアウト
プットっていうのももちろんあるんです
けれどもまあるしその仕事の中で決められ
たこの範囲内でのあのプロダクトとしての
アウトプットしかできないまもうそれでも
すごく貴重な機だと思うんですけどなんか
一方でなんか色々知ってくとあの一口に
プロダクトって言ってもなんか様々すぎて
あのでかつそういうところ知っていくこと
であの自分のところに還元できないかなと
かっていうのも思ってたんですよねだから
こっちの今こっちのそのPMダとしての
なんかプロダクトの作り方まその出してる
プロダクトもそうだしそのプロダクトを
形づくっていくえっとプロセスって何なん
だろうっていうことが自分もあのちゃんと
実践する側になればなんか吸収できるかも
しれないみたいなところが最初の
期待これからやってみたいことで言うとま
それこそあの昨年夏にあのPMダの
コントリビューターでこう忘年会みたいな
もしたんですけどその時にもちょっと伝え
たんですけどやっぱその今掲げてるその
ビジョンを元にその勝ちづりっていうもの
のなんかプロセスをどんどんどんどんこう
民営かしてま誰でもできるようにやっぱり
していきたいっていうところがすごく強い
思いとしてありますでこれがやっぱりあの
さっきのその幼少時代からの流れとも
結びついていてまそのやりたいと思って
いることがふわっとああってじゃそれは
どう形づくっていけばいいのかどういう
環境において形づくっていけばいいの
かっていうことをあのその機会を知らない
人の方がやっぱりまだ多いとは思ってるん
ですよねそういうものをちゃんとみんなが
できるようにしていきたいっていうところ
がこの組織でやりたいことでえっとこの
PMダウの中に所属してる人もそうだしあ
そういう場所があるんだっていうことを
なんか周りに知っていってもらいたい
どんどん発信もしていかなきゃいけないと
思うんですけどまあのやりたいことでは
あります
でま個人の話で言うと
えっとま僕さっきちょっとこうお伝えした
ようにそのキャリア個人がどうキャリアを
作っていくかみたいなあどう生きていくか
みたいなところにもすごくこう関心がある
部分はあってあのどういう組織に属した時
ににその人はどういう生き方とかキャリア
を考えるんだろうみたいなところとかを
あの自分がこう試しながらあの言語化し
てってあのいろんな人に伝えていきたい
なっていうとこもあるんですよね例えば
あの僕って今そのあの本業でと株式会社に
務めていますでま今ここでダオという携帯
の組織にえっと務めていますであのまだ
すごくこう明確に言語ができてないんです
けどそれぞれの場所で仕事してる時に
なんか感覚とかが違うんですよねすごくで
これをもうちょっとハしたくってでそう
なった時にあのおそらくあのその人の思考
とかえによって多分合う組織形態みたいな
きっとあるとで会う組織形態に出会えた時
ってその人が多分パフォーマンスを
めちゃくちゃ発揮できる時でで
パフォーマンスを発揮できれば絶対に今も
いいしそれが次に繋がったりとかもする
じゃないですかだからこの働くって一言で
言ってもも多分いろんな要因があると思っ
ていてでそれが1つこう組織という観点で
見るとあの僕文人っって言葉が好きなん
ですけどあの分ける人あのどういうところ
にいる時にって性格って違うよねとか
ペルソナとかって言います
けどなんかそういうものをあのなんだろう
な見つけていきたいというかもっともっと
自分の中でも実践しながら言語化していき
たいし何かそういう働く場所とかで困って
いる人とかにこういう働き方もあるよ
みたいなとことかをま発信していけたら
いいなとかは思ってますライストについて
話していただきありがとうございました
はいまたPMダ引き続きお願いしますはい
ありがとうございまし
た
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