講演2 「日本人の読み書き能力1948年調査のナゾ」(横山詔一)/第18回NINJALフォーラム
Summary
TLDR1948年にGHQの提案で行われた日本人の読み書き能力調査は、日本人の能力が高いとする「常識」の科学的根拠とされてきた。しかし報告書を見ると、正常な社会生活に必要な文字言語能力を持つ人は6.2%しかいなかった。この「常識」の妥当性を検討するためには、オープンサイエンスの推進が重要である。
Takeaways
- 😀 1948年のGHQによる「読み書き能力調査」は日本のリテラシー調査の出発点
- 😊 報告書では日本人の識字率が低く、「正常な社会生活に必要な読み書き能力」は6.2%だと結論づけている
- 🤔 しかし後の研究では日本人の読み書き能力が高いという「常識」が定着した
- 😮 報告書の内容と「常識」が大きく食い違っている理由を検証する必要がある
- 📖 報告書を参照できるようオープンサイエンスの推進が重要
- 😐 90点満点でないと識字者と見なさないのは基準が厳しすぎるのでは
- 📝 白紙提出者がゼロ点とされているが、単純に読み書き能力がないとは限らない
- 😕 金田一など関係者の記憶違いもある程度あるのではないか
- 🤨 後の1954-56年の文部省による調査は地域・年齢層が限定されている
- 🌟 国語研などが最近も読み書き支援活動を展開している
Q & A
1948年の「読み書き能力調査」はどのような経緯で行われたのでしょうか?
-GHQの民間情報教育局(CIE)の提案により、日本人の読み書き能力を科学的に調査し、日本語のローマ字化の可否を判断する目的で実施された。
「読み書き能力調査」の結果、日本人の識字率はどの程度でしたか?
-報告書では、ゼロ点の完全な非識字者は1.7%でしたが、「正常な社会生活に必要な文字言語能力」を持つ識字者は6.2%に過ぎないと結論づけています。
なぜ、日本人の識字率の「常識」と1948年調査の結果にギャップがあるのでしょうか?
-原本を直接読んだ研究者が少ないことが大きな要因です。オープンサイエンスの推進により原典へのアクセスを容易にすることが重要だと思われます。
1948年の「読み書き能力調査」はどのような意義があるのでしょうか?
-社会調査の手法やランダムサンプリングの先駆的事例として高く評価されており、リテラシー調査や大学入試センター試験など、多くの研究・制度の出発点となった。
白紙回答の人はゼロ点とされているが、なぜ白紙回答をしたのでしょうか?
-自信のない選択肢に丸をつけることへの抵抗感や、調査そのものへの反発などの要因が考えられる。回答態度が変化すればゼロ点にはならなかった可能性が高い。
90点満点の人を識字者とする定義は妥当でしょうか?
-1問の不注意で識字者から外れることになるため、基準が厳しすぎると思われる。むしろ80点以上を識字者とするなどの定義が適当だと考えられる。
1948年調査後、日本人の読み書き能力を測定する同様の調査は行われたのでしょうか?
-1954年から1956年に文部省主導で国民の読み書き能力調査が実施されたが、全国規模ではなく、結果も公表されず、1948年調査ほど重視されなかった。
国立国語研究所では最近、読み書き能力に関するどのような取り組みをしているのでしょうか?
-夜間中学での読み書き教育支援活動を実施するなど、1948年以来の読み書き能力の学び直し促進に向けた取り組みを進めている。
1948年の読み書き能力調査報告書の原本はどこで入手できるのでしょうか?
-国立国会図書館や国立国語研究所などに所蔵されているほか、国語研のサイトから画像データで閲覧可能である。
読み書き能力とSDGsの目標の関係はどのようなものだと考えられますか?
-SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」の中で、読み書き能力の向上が明示的に掲げられている。読み書き能力はSDGs達成に深く関わる基本的な要素だと位置づけられている。
Outlines
😀講演の概要と本日のポイントが3つ紹介される
講演者は自身の紹介後、1948年の読み書き能力調査について、その結果から導かれる「日本人の読み書き能力は世界トップクラス」という常識観の科学的根拠を再検証する必要性と、そのためのオープンサイエンスの推進の重要性、読み書き能力とSDGs達成との関連性について述べることを本日の講演のポイントとして挙げている。
😊1948年調査の実施経緯と位置づけが詳述される
1948年の読み書き能力調査はGHQの提案で実施されたもので、アメリカ教育使節団のローマ字化提案との関係がある。また学術的意義が高く評価されており、ランダムサンプリング調査や大学入試センター試験の先駆け的な位置づけがある。
📃実際の調査問題の内容と形式が詳細に説明される
1948年当時の読み書き能力調査は、手書きの文字を印刷したB4縦6枚の問題用紙から成る。聞き取り、選択、書き取りといった異なる形式の問題が混在していた。
😮結果報告書の結論と後年の常識の乖離に違和感が示される
読み書き能力調査の結果報告書ではLiteracyを持つ者は6.2%と結論づけている一方、後年「日本人の読み書き能力は世界トップクラス」という常識が定着した。この矛盾の原因はオープンサイエンスの未発達にあると指摘し、原本を読むことの重要性を訴えている。
😕結果と常識の乖離の理由が考察される
読み書き能力調査結果報告書の内容と現在の常識との乖離について、厳しすぎる基準の定義づけ、参加者の記憶の齟齬、原本へのアクセス困難さなどの要因に起因すると分析している。
📜結果報告書がその後の調査のきっかけとなった経緯が説明され、締めくくられる
1951年の読み書き能力調査結果報告書は、その後の文部省による類似調査を促した。また国立国語研究所でも関連する取り組みが行われている。プレゼンテーションは以上で締めくくられる。
Mindmap
Keywords
💡読み書き能力調査
💡常識
💡リテラシー
💡識字率
💡オープンサイエンス
💡文部省調査局国語課
💡マッカーサー
💡国立国語研究所
💡SDGs
💡教育使節団報告書
Highlights
読み書き能力調査はGHQの提案により実施され、日本の教育制度の根幹となった
調査に参加した研究者の多くが、国立国語研究所の創立メンバーだった
報告書は「日本人の読み書き能力は世界トップレベル」とされてきたが、再検討が必要
90点満点中6.2%しかliteracyを持つと見なせないと結論づけられている
0点の人の90%は白紙回答者で、当て推量せずに提出した人もいた
90点満点がliteracyありとする基準は厳しすぎるのではないか
調査参加者の記憶違いなどで、報告書の結論と異なる「常識」が生まれた
原本を実際に読んだ研究者が少なく、オープンサイエンスの必要性がある
国立国語研究所サイトから報告書の画像を自由に利用できる
報告書では継続調査の必要性が述べられ、1954年から文部省主導の調査が実施された
国立国語研究所では最近、夜間中学での識字教育支援にも取り組んでいる
読み書き能力はSDGsの達成にも深く関連していることが分かった
当時の政府と組合の関係性から判断して、「政府の方針」が正答だった
90点満点中89点を取った報告書の定義では、私はliteracyがないことに
金田一先生を含む複数の研究者が、後に記憶違いを指摘している
Transcripts
国立国語研究所の横山でございます
よろしくお願いいたします
今日のお話は ここに書いてある 3つのポイントです
日本の成人男女を対象にした
全国規模の読み書き能力調査というのが
これまで1回だけ行われています
第2次世界大戦後のアメリカの占領政策のもと
1948年に 実施されたものです
その調査の報告書は 1951年に出版されましたけれども
その報告書は
「日本人の読み書き能力は極めて高く
世界トップクラス トップレベルである」という「常識」の
科学的根拠である とされてきました
多くの学術論文に そういうふうに書かれているんですけれども
その「常識」は 少し考え直す必要が あるかもしれないということです
その「常識」を 再検討するにあたって
この1951年の報告書 ならびに その関連史料を
研究者 または一般の人が
いつでも簡単に 閲覧できるような環境整備が必要であろう と
すなわち オープンサイエンスの推進が
重要だということを 申したいと思います
今日の発表の出典は こちらの学術論文になります
それでは さきほどSDGsの話が出ましたけれども
実は SDGsの実現には「読み書き能力」は重要で 深い関連があります
これから NHKの公式YouTube動画を1分間だけ流しますので
ご覧ください
— 目標4 質の高い教育をみんなに —
(♪)言葉の読み書きや 計算ができることは
未来を切り開く 大きな力になる
学校や先生が足りていない場所がまだまだある
こどもも大人も男性も女性も
誰でも学べる環境をつくろう
Sustainable Development Goals
SDGs わたしたちの目標 (♪)
SDGsというと 地球環境・・・物的な環境の話がよく出てきますけれども
このように 「文化」とか「教育」の項目も
「目標4」という比較的早い順番で出てきます
では 今日の話の本筋に入っていきたいと思います
「日本人の読み書き能力調査 —1948年調査—」というのは
GHQの提案によって 実施されたものです
これは GHQの占領期の略年表になりますが
こちら側は 「政治 • 経済 • 社会」
こちら側が 「教育 • 言語政策」です
1945年に 終戦を迎え 1946年の3月に
第1次米国教育使節団が日本へやってきました
これは マッカーサーが招聘したものですけれども
その報告書が 1946年に出ました
その第2章に「日本語は 漢字を廃止してローマ字にした方がいいのではないか」
という勧告が 出ているわけです
その1週間後に マッカーサーがその報告書に対して
声明を出していまして それは 後でまた少し触れます
この『教育使節団報告書』がきっかけになりまして
1948年の8月に 「読み書き能力調査」を実施しました
この時の 「読み書き能力調査」に参加した研究者の多くが
その年の12月20日に 創立された国立国語研究所の
その創立期を支えていった ということになります
1948年の 「読み書き能力調査」の報告書自体は
1951年の4月に東京大学出版部から出版されました
これが『第1次教育使節団報告書』に関する説明ですけれども
この『教育使節団報告書』というのは
日本の 現在の教育制度の 根幹 • 骨格 • 出発点となっています
「読み書き能力調査」は GHQの民間情報教育局 (CIE)の提案によるもので
さきほどの『教育使節団報告書』には
「日本語は ローマ字化した方がいいんじゃないでしょうか」
という勧告が出ていたこともあり
日本人の読み書き能力はどれぐらいなのかを 科学的に調査してみようと
そういう目的がありました
この調査自体には
GHQが作成した調査の計画書「Literacy Research Program」というものがあります
その現物と それからマイクロフィッシュ・・・
マイクロフィッシュは 国立国会図書館で保存
それから現物も 国語研究所に保存されています
国語研究所に保存されている 現物の画像データが ここにありますけれども
こういうふうな英文になってます
今日は 細かいところは飛ばしていきます
和文の翻訳もあります
「日本人の読み書き能力 —1948年調査—」と
『第1次米国教育使節団報告書』との関係については
文化庁が編纂した 『国語施策百年史』の「第4章 国語改革の実行」あたりに
非常にうまく まとめられています
『アメリカ教育使節団報告書』と『米国教育使節団報告書』・・・
この2つを使い分けていますが 同じものです
『教育使節団報告書』に関するある解説では次の指摘がなされています
第2章の「国語の改革」に対するマッカーサーの声明として
「国語の改革に関する勧告の中には、 余りにも遠大であって、
長期間の研究と今後の計画に関する指針として
役立ちうるに過ぎないものもあろう」という一節があって
GHQの 特にマッカーサーの声明ですから
マッカーサーとしては ちょっと国語の改革には消極的だったのかな
という感じがします
実際に そのマッカーサーの声明の英文がこちら・・・
ちょっと切り取ってありますけれども
さきほど述べたと同じような内容になっています
こういう時代背景の中で
1948年調査というものが進められていったわけですけれども
この調査というのは
学術的な意義というのが多くの研究分野において 高く評価されています
これが 1951年に出た報告書の本扉ですけれども
東京大学出版部 —今の東京大学出版会— から
出されました
東京大学出版部が立ちあがって 2冊目の書籍でした
この報告書というのは いま申しましたように
さまざまな研究分野の出発点になっています
もちろん リテラシー 調査の出発点にもなってますし
さきほど前田先生が ご紹介いただいた
ランダムサンプリングによる社会調査・・・
特に 内閣支持率の調査とかですね
選挙予測の調査の出発点だと言われてます
さらにですね これから「読み書き能力調査」の問題を
みなさまに ご覧いただきますけれども
そのデータが ほぼ 今のコンピューターに近いような形で処理されていて
大学入試センター試験等の大規模学力テストの出発点だとも 言われています
大学入試センターを立ち上げた肥田野先生なんかが
実際にこの「読み書き能力調査」に参加されて
その経験が非常に生かされているということです
日本における社会言語学の出発点でもあるし
新聞における語彙調査や用語用字調査をして問題を作成した
ということでは コーパス言語学の出発点かもしれない
それから 国立国語研究所の出発点でもあるということですけれども
さきほどの前田先生のお話に出てきた林知己夫先生
それから 国立国語研究所の創立期に活躍された柴田先生
同じ釜の飯を食ったメンバーが この1948年調査を推進していた
ということになります
この1951年に出た報告書は さきほど申しましたように
「日本人の読み書き能力は極めて高く 世界トップクラス」という「常識」の
科学的根拠とされてきたんですけれども
それについて ちょっと考えてみたいと思います
まず 実際の問題を見てみたいと思います
大きさは ほぼB4判ヨコで
問題用紙は 6枚ありました
文字は 活字ではなく手書きで
しかし 印刷されたものでした
では 問題用紙の1枚目を見ていきたいと思いますけれども
1枚目は 試験官が読み上げた言葉を
ひらがなと カタカナで書く
まず ひらがなの方は
たとえば「さくら」というふうに試験官が言ったら
「さくら」とひらがなで書く
「アメリカ」というふうに試験官が言ったら
「アメリカ」とカタカナで書く
2問目も書き取りなんですけれども
これは アラビア数字の書き取り
こちら側は 漢数字の書き取りです
3問目以降 選択式の問題がたくさん出ています
たとえばですね 試験官が「あたま」と言ったら
この「あたま」に丸を付けてください という形になっている
この問題をよく見ますと
たとえば 試験官が「3キロ」と言うと
この「3キロ」が答えですが
「キロ」が読めなくても「3」が読めれば
たぶん正解できるんじゃないかと思うんですけれども・・・
こういう問題も出ています
どういう結果が得られたかということですけれども
1951年の報告書には クロス集計表・・・
まぁ「数表」が多く出ていますが
「グラフ」は ほとんどないんです
そのクロス集計表も
属性間のものが全部 網羅的に掲載されてるわけではなくて
男女別の表が欠けていたりとか いろいろな形になってます
実際の そのクロス集計表の一部を
ここにお見せしたいと思います
ここに「得点」と書いてありますよね
90点満点でした
問題は 90問出されて 1問1点
漢字の書き取りでは
結構難しい 「履歴書」みたいな漢字も出たんですけれども
「選択式」も「書き取り」も 同じ1問1点で採点しています
ここが 90点満点
ゼロ点の人もいますので ゼロ点の人がここ
90点とゼロ点は ちょっと特別になっていて
それ以外は5点刻みで こういうふうに結果が並んでいて
こちらは 「年齢」です
それから 「市部」と「郡部」と「全国」などの「地域」も
クロス集計されています
この報告書では
「リテラシーを持つ人は90点満点の人」と定義しています
それから 「非識字者の人はゼロ点の人」だと
定義しています
ここら辺について ちょっと考えてみたいと思うんですけれども
この数表だけだと ちょっとわかりにくいので
横軸が 得点の10点刻みで刻みを入れて
全体の何パーセントの人が その得点を取ったかという
グラフを 作ってみました
いわゆる得点分布です
全体が1万6820人のデータが集まってますが
これは多くの学術論文に書かれているとおり
J字型の分布をしています
つまり 高得点の人が多い ということですけれども
低得点の人もそこそこいる ということです
さらに 年齢で見ますと
やっぱり1948年当時 年齢が高かった人・・・
60歳代なんかの人は
低得点の人・・・0点から9点というのが25%で
逆に 満点近い80点か90点も 25%ということで
分布は U字形の分布をしてると言われています
こういう結果から
報告書が 結論として何を明記しているか ですが
結論として「提案」が明記されているんです
国立国語研究所のサイトから その「提案」のところ・・・
報告書全体の画像を 見ることができますけれども
報告書に 429ページに書かれていることを
読み上げたいと思います
— 提案 —
「日本では 義務教育がよく普及し、
就学率も極めて高く、
国民教育のために払った努力も従来極めて大きなものであった。
このために、まったく字の読み書きができないという者は
極めて少ないのであるが、それにもかかわらず、
「正常な社会生活を営むのにどうしても必要な
文字言語を理解する能力」は 決して高いとはいえない。
literacyを持つといえる者は6.2%にすぎない」
こういうふうに書かれているわけです
もう1回 その得点の全体のデータを見てみたいと思いますけれども
問題が90問出され すべて1問1点で採点された
すなわち正答数が得点になってます
ここ 90点満点の人が全体で4.4%
それから 得点ゼロだった人
これは 非識字者と定義されているわけですけれども
ゼロ点の人は1.7%
こういう数字が よく論文に引用されています
では これから「ナゾ」について
時間の許す限り考えていきたいと思いますけれども
まず 一番大きな謎としては
日本人の読み書き能力に関する「常識」に
科学的なデータの根拠はあるのか? ということです
非識字者・・・ゼロ点の人 の割合は 確かに少ない 1.7%でした
しかし 報告書には literacyを持つと見なせる識字者(90点満点の人)の割合は
4.4%でしかない
不注意などによる失点を考慮して 割合を補正したとしても 6.2%
つまり「正常な社会生活を営むのに
どうしても必要な文字言語を理解する能力」は
決して高いとはいえない というのが結論なんです
この調査の結論で 報告書にそういうふうに書かれてるんですけれども
なぜか「日本人の読み書き能力は極めて高く世界トップクラス」だという
「常識」の科学的な根拠だ というふうに これまではされてきました
その「常識」の妥当性について
今後 専門分野の異なる研究者が協力しながら
多様な観点から 慎重に検討する必要があるのではないかと思います
既に先行研究では 「常識」に対する 疑問が提示されてます
勝岡先生 • 茅島先生 • 佐藤先生 • 角先生 などの論文で提示されてますけれども
そういうことを ちょっと参考にしながら いろいろ
もっと調べていく必要があるのではないかと思います
1951年の報告書には
「日本の非識字率は世界の各国にくらべて おそらく極めてひくい」
と書いてあるんですけれども
これは そもそも 1948年のそのデータをもって
世界各国で比較するということが難しいと
なぜかというと テスト問題って 難しい問題を出せば 得点が下がりますし
簡単な問題を出せば 得点は上がります
日本語の場合 漢字とかひらがなの問題も出てきますので
世界各国で比較するとなると
どうしても OECDのPISAのような形になるんですけれども
ちょっとPISAの問題と この1948年の問題は
ぜんぜん本質的に違う ということがあります
それから 読み書き能力があるとは言えない人でも
ゼロ点にはならない可能性が 十分あったんじゃないかと
さきほど 実際に問題を見ていただきましたけれども
アラビア数字とか 漢数字の選択式の
簡単な問題も出題されています
それから問題の7割以上
90問のうち65問が 選択式問題なんですね
そうしますと 4問か5問 当てずっぽうで丸をつけておけば
1点取れる・・・
「非識字者はゼロ点の人」と定義していますが
実は 「ゼロ点」を取るのは なかなか難しい・・・そんな状況にあった
つまり 読み書き能力があるとは言えない人でも
ゼロ点にはならない可能性が 十分にあったんじゃないか ということです
それに関係することですけれども
では 得点ゼロの人ってどんな人たちだったのか・・・を見ますと
大部分が 白紙回答の人たちだったんです
報告書は
得点ゼロの人を「無反応」・・・つまり「白紙回答の人」と
白紙回答ではない 「何か答えたけれどもゼロ点だった人 」
に区分して分析しています
白紙回答の人は 1万6820人のうち 1.6%で
白紙回答ではないけれども 正答ゼロだった人は 0.1%
合わせて 1.7%
さっきの数表に「1.7%がゼロ点の人」と出てましたけども
その1.7%の内訳は こうなっていて
得点ゼロの人というのが
1万6820人のうち293人いたんですけれども
そのうちの 262人
90%の人が 白紙回答だったんです
白紙回答の人のなかには 選択式問題において
自信が持てない場合に 当て推量などはしないで
もうそのまま提出した という人もいるようです
いろいろ聞くところによりますと
そんな当てずっぽうで得点取るのは
日本人として潔くないんだというふうに
当時 思った人もいたようなんですけれども
それから調査そのものへの反発とか
批判的意識を持っていた人も
少なからずいたようなんですけれども
その人たちの回答態度が
仮に 確信度の低い場合でも選択式問題に回答しよう と変化したならば
ゼロ点ではなくなる可能性が 非常に高いということです
それから「literacyを持つと見なせる識字者は90点満点の人だ」
と報告書には 定義されてるんですけれども
これは なぜなんだろうな というふうに思います
私はこの90問を実際に問題を解いてみたところ
1問間違えました
89点だったんです
この定義だと 私はliteracyがない ということになってしまうんですが
私が間違えた問題は 次のものです
(問題)「組合に対する 〇〇 の方針がきまった」
〇〇 の選択肢が 「政府 • 事情 • 講和 • 計画」で ・・・
非常に 悩んだんですけれども
私は「組合に対する 「講和」 の方針が決まった」を選んで バツでした
正答は「組合に対する 「政府」 の方針が決まった」で
今の時代から見ると 組合活動に対して
政府が何かコメントするとか
そういうのは ちょっと不思議な感じがするんですけれども
1948年当時のGHQは
組合運動を民主化の一環として
いろいろ後押ししていた ということもありまして
組合と政府の関係というのが 当時の人たちの
認識の中にあったということを考えると
これが 正答ということのようです
しかし 「識字者は90点満点の人」と定義したのは
あまりにも 基準が厳しいんじゃないかと思います
不注意による失点を考慮して
若干補正をかけているんですけども
それでも 6.2%・・・
literacyがあると見なせる人は 6.2%しかいない という報告でしたが
だけど これは ちょっと厳しいかなという感じがします
それから この調査に実際に参加された研究者の人たちが
後になってですね
ちょっと記憶違いではないか とか
解釈が 報告書に書いてあることとは違うんじゃないか ということを
多くの有名な先生方が
本に書いたりとか 発言なさったりしています
それは どうしてなのかなという・・・
ここには 金田一先生の話を載せてありますけども
他にも そういうことがありました
いろいろ記憶違いがあったのではないか・・・と思いますが
また別の機会に 取り上げたいと思います
なぜ こういうふうに
その報告書に書かれている結論と
私たちが いま常識として持っている感覚とが かけ離れているのか・・・
私たちが いま常識として持っている
その「常識」の 科学的根拠とされている
この報告書に書いてあることは
はっきり言うと 真逆なことが書かれていたりするのに
なぜ それが学術論文なんかに
引用されないのか 明記されていかないのか という問題ですが
要するに 原本を読んだ研究者が少ないということだと思います
ですので オープンサイエンスの推進が重要だと思います
この『日本人の読み書き能力』の1951年の報告書というのは
多くが 国立大学等の図書館等に保管されています
なかなか古本屋さんで探しても いまは出てないんですけれども
そうしますと その本の現物を見に行くということも
ちょっと手間がかかったりしますので 現物を見ない・・・
それから この報告書自体が かなり分厚いうえに
かなり難しい書き方をしている部分もありますので
読みづらいというところもあるかもしれません
しかし やっぱり結論に何が書いてあるのか ぐらいは
自分の目で確認してみないといけないのではないかなと 思います
誰か 学会の有名な先生が
「この報告書には こうこう書いてあって
非常に 日本人の非識字率は低いので
読み書き能力は世界トップレベルだ」という
なんかの論文に ちょっとそういうことを書かれたとすると
多くの研究者が それを鵜呑みにするというか
孫引きしてしまって どんどん引き写していく・・・
「原典を見ていない」ということ
でも それは責められないことだったと思います
これまでは やっぱり原本にアクセスするのが難しかった
というところがあったので
それをどんどん電子化していって
公開していく という必要性が あるのではないかと思います
国立国語研究所からは「CC BY」で
引用元さえ示していただければ
改変しても 商業利用しても自由という
非常に 著作権関係の縛りがない形で
みなさんに自由に使っていただくような形で 公開していますので
国語研のサイトを見ていただければ・・・
Googleで『日本人の読み書き能力』というのを検索していただくと
すぐに 国立国語研究所の この画像が見られるページが
検索結果の一番上あたりに 出てきますので
それらを 見ていただければと思います
「引用元さえ示していただければ自由に使っていいんですよ」と
お伝えしましたが これらのクリエイティブ • コモンズ • ライセンスは
すべて「CC BY」という 一番自由な形にしております
あと少しの 残り時間ですけれども
この1948年調査の報告書が 1951年に出版されて
その後どうなったかということなんですけれども
この1951年に出された報告書には
「日本人の読み書き能力— literacy — を測定する調査は 1回限りではなく
繰り返す経年調査の方がいいですよ」と書いてあるんですね
それを受けるような形で 文部省が1954年から1956年にかけて
文部省調査局国語課が主体となって
「国民の読み書き能力調査」というのを行いました
その調査メンバーというのは
さきほど紹介しました 柴田武先生とか
1948年調査に参加した 野元菊雄さんとか
それから 統計数理研究所の林知己夫先生・・・
同じメンバーが参加してるんですけれども
その調査というのは 全国調査ではなかったんです
地域は 関東地区と東北地区だけでした
そして 年齢層が また非常に限られていまして
15歳から24歳・・・若い年齢層ですね
地域と年齢層が限定されてるということで
何というか・・・学術研究としては
1948年の「日本人の読み書き能力調査」の方が全国調査ですし
年齢層も広く 全国規模でのランダムサンプリングの先駆けでもあり
「日本人の読み書き能力調査」の方が やっぱり重きを置かれてるかと思います
さらに 国立国語研究所では「国語力観」の調査・・・
「国語力」というのは どういうイメージなのか
「言語生活力」というのは どういうイメージなのかということを
社会調査で調べました
2006年ぐらいに そういう調査を行ないまして
報告書を出しています
さらに最近は 国立国語研究所の野山広さんなどが
夜間中学における読み書きの教育活動・・・
援助する活動を 展開していまして
「識字調査、全国実施目指す 48年以来、学び直し促進へ」のように
いろいろな新聞記事にも 取り上げられているところです
あとは 今日のPowerPointが そのうち公開されると思いますけれども
いろいろ実際の問題の 他の例とか
この調査に参加した ペルゼル そして エドミストンという その人たちの紹介とか
そういうことを書いています
今日は ここまでにいたします
どうもありがとうございました
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