日本経済史第14講 2

キシダマコト
19 Sept 202415:57

Summary

TLDRこの動画は明治時代の産業発展と財閥の形成をテーマに、特に三井財閥と三菱財閥の発展について解説します。三井家は江戸時代からの大商人として、明治維新後にも政府との協力関係を築きながら近代化を進め、三井銀行と三井物産を中心とする事業を展開。また、鉱山業への進出や、松方財政下での経営危機を乗り越えるなど、財閥としての基盤を強化しました。

Takeaways

  • 🏮 三井財閥は明治時代に形成され、日本の代表的な財閥の一つです。
  • 👘 三井家は徳川時代からの大商人として知られ、江戸時代からの基盤を持ち、明治時代に発展しました。
  • 🏦 三井銀行は明治新政府と密接な関係を持ち、政府の資金管理など重要な役割を果たしました。
  • 🌾 三井物産は米の流通や販売を始め、海外での石炭販売など貿易事業にも進出し、大きな発展を遂げました。
  • ⛏ 三井は鉱山業にも進出し、三井鉱山から石炭の海外販売権を得ることで、貿易の基盤を強化しました。
  • 📉 松方財政のデフレ政策により、三井銀行は経営危機に直面しましたが、中川彦次郎によって危機を克服しました。
  • 🔄 中川彦次郎は三井銀行の経営改革を行い、政府との依存から脱却し、企業の近代化を目指しました。
  • 🏢 三井神明会社(後の三井合名会社)の設立により、三井財閥は持株会社体制へと移行し、専門的な経営体制を確立しました。
  • 🔧 三井は銀行、商業、工業など多岐にわたる産業分野に進出し、幅広い事業を展開しました。
  • 🌟 増田孝は三井合名会社の初代理事長として、三井財閥の経営改革と多角化を推進しました。

Q & A

  • この動画のテーマは何ですか?

    -この動画は明治時代の産業発展と財閥の形成について説明しており、特に三井財閥と三菱財閥の例を通じてその発展について語っています。

  • 三井財閥の歴史的背景は何ですか?

    -三井財閥は江戸時代から存在していた大商人である三井家が発展し、明治時代に財閥として形成されました。

  • 三井家はどのようにして明治時代に生き残ることができたのですか?

    -三井家は明治新政府と密接な関係を築き、政府からの委嘱を受けて事業を発展させました。また、三井銀行の設立や三井物産の創業など、多岐にわたる事業展開を通じて財閥としての基盤を築きました。

  • 三井銀行はどのような役割を果たしましたか?

    -三井銀行は政府の税金などの大金の取扱いを任される銀行として設立され、政府の金庫代わりの役割を果たしました。

  • 三井物産はなぜ設立されたのですか?

    -三井物産は当初、お米の流通や販売を行う企業として設立されましたが、後に納税の改正と関連して農民からお米を買い取り、流通させる事業に関わり、さらに海外への石炭販売権を得て貿易にも進出しました。

  • 三井財閥はどのようにして経営危機を克服しましたか?

    -三井銀行が経営危機に陥った際には、中川彦次郎が不透明な経営体制を改革し、政府との依存から脱却し、家計と企業の経営を分離し、専門的な経営者を採用することで危機を克服しました。

  • 三井財閥はどのようにして産業の多角化を進めましたか?

    -三井財閥は銀行や商業、鉱業に加えて、工業部門への進出も図りました。また、新たに設立された企業への出資や、専門的な経営者の採用を通じて多角化を進めていきました。

  • 三井神明会社とは何ですか?

    -三井神明会社は三井財閥の持株会社として設立され、三井家が保有していた様々な企業の株式を管理する役割を果たす組織です。

  • 三井財閥の経営改革はどのような影響を及ぼしましたか?

    -経営改革により、三井財閥は政府からの依存を減らし、独立した経営体制を確立しました。これにより、より効率的な経営が可能となり、財閥としての成長が促進されました。

  • 三井財閥はどのようにして日本の代表的な財閥となりましたか?

    -三井財閥は銀行、商業、工業など幅広い産業分野に企業を持ち、専門的な経営者による経営体制を確立することで、日本の代表的な財閥となりました。

Outlines

00:00

😀 三井財閥の発展

この段落では、明治時代に形成された三井財閥の発展について説明されています。三井家は江戸時代からの大商人として知られ、明治維新後も政府と密接な協力関係を築きながら、三井銀行と三井物産を設立し、財閥としての基盤を築きました。三井銀行は政府の資金管理を担当し、三井物産は食糧流通と石炭販売を手がけ、国内外で事業を拡大しました。

05:01

😀 三井物産の事業展開

三井物産は国内の食糧流通と石炭の海外販売を中心に事業を展開しましたが、松方財政のデフレ景気と不良債権の問題により経営危機に直面しました。この危機を乗り越えるために、中川彦次郎が三井銀行の経営改革を行い、政府との依存から脱却し、企業の独立性を高める方針を打ち出しました。

10:03

😀 三井財閥の近代化と多角化

三井財閥は中川彦次郎の改革のもと、銀行、商業、工業など多岐にわたる事業に進出し、持株会社である三井合名会社を設立しました。これにより、三井家の資産と企業経営が分離され、専門的な経営者が企業を担う近代的な企業体制が確立されました。

15:04

😀 三井財閥の産業多角化と成長

三井財閥は銀行、商業、工業など幅広い産業分野に企業を持つ大財閥として成長し、科学技術工業への進出も図りました。三井神明会社を設立し、専門的な経営者による経営体制を確立し、三井財閥は持続的な成長を続けています。

Mindmap

Keywords

💡明治期

明治期は日本の歴史において、明治天皇が即位して始まる1868年から1912年までの時代を指します。この期間は、日本が近代国家へと変貌する重要な転換期であり、産業発展や財閥の形成が進んだ時期です。ビデオでは、この時代の産業発展と財閥の形成が扱われており、特に三井財閥や三菱財閥の発展について語られています。

💡産業発展

産業発展とは、経済において製造業や鉱業など、各種産業が成長し、技術や生産性が向上し、経済全体の規模が拡大するプロセスを指します。ビデオでは、明治時代に日本経済がどのように産業化し、近代化を遂げたかが解説されており、三井財閥などがその中心的な役割を果たしたとされています。

💡財閥

財閥とは、経済的な力と政治的な影響力を持つ企業集団を指し、特定の家族や企業が中心となって多数の企業を所有・支配する構造を形成します。ビデオでは、三井財閥や三菱財閥が日本の代表的な財閥として取り上げられており、その形成と発展の過程が解説されています。

💡三井財閥

三井財閥は、江戸時代からの老舗の商社である三井家を中心とする財閥です。ビデオでは、三井家が明治時代にどのように発展し、三井銀行や三井物産を中心とする大企業を形成し、財閥としての地位を確立したかが語られています。

💡三井銀行

三井銀行は、三井財閥の核心企業の一つであり、1876年に設立されました。ビデオでは、三井銀行が政府の税金などの取扱いを任されるなど、どのようにして財閥の基盤を築いたかが説明されています。また、経営危機をどのように克服し、再建を遂げたかも触れられています。

💡三井物産

三井物産は、三井財閥の另一家公司であり、1876年に設立されました。ビデオでは、三井物産が国内のお米流通や石炭の海外販売など、多岐にわたる事業を展開し、貿易企業として発展したプロセスが解説されています。

💡松方財政

松方財政は、明治時代の財政政策を指し、特に松方正义が憲法制定の準備を進めるために行った緊縮政策を意味します。ビデオでは、松方財政が三井銀行などの経営に与えた影響や、その危機をどのように克服したかが語られています。

💡中川彦次郎

中川彦次郎は、三井銀行の経営危機時に登場し、その立て直しを行った重要な人物です。ビデオでは、彼がどのような改革を行い、三井銀行を再建させたかが説明されており、また、三井財閥の経営体制の変化にも寄与したとされています。

💡増田孝

増田孝は、三井物産の初代社長として知られ、三井財閥の発展において重要な役割を果たした人物です。ビデオでは、彼が三井物産をどのように成長させ、三井財閥の基盤を強化したかが解説されています。

💡持株会社

持株会社とは、他の企業の株式を保有し、経営に関与する企業を指します。ビデオでは、三井財閥が持株会社として三井合名会社を設立し、専門的な経営者による経営体制に移行したプロセスが説明されています。

Highlights

明治期の産業発展と財閥の形成についての講義動画の紹介

三井財閥と三菱財閥の形成と発展を例に説明する

三井家の歴史と江戸時代からの存在について

三井高敏による三井銀行の設立と政府との協力関係

三井物産の設立と米の流通、販売事業の開始

三井物産が政府から石炭の海外販売権を獲得

美村リモの三井家と明治政府との関係構築の役割

三井銀行の経営危機と松方財政の影響

中川彦次郎による三井銀行の経営改革と立て直し

三井家計と企業経営の分離と持株会社の設立

三井財閥の多角化と工業への進出

三井合名会社(持株会社)の設立と経営体制の変革

増田孝による三井財閥の経営改革と重化学工業への進出

三井財閥の産業分野への拡大と大財閥としての成長

三井財閥の銀行、商業、工業を含む幅広い事業の展開

Transcripts

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この動画は日本経済史第14項明治期の

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産業発展と財閥の形成の日本目の講義動画

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になり

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ます2本目の動画では明治時代の財閥の

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形成と発展についてま日本を代表する財閥

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であるえ三井財閥とえ三菱財閥の2つの

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財閥を例に挙げてえ説明をしていきたいと

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思います

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えまず初めにえ三井財閥の発展について話

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をえしていきたいと思いますえまず三井家

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えですけれどもえこのえ元々この三池と

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いうのはですねえ徳川時代江戸時代から

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ですねえ存在していたま大商人なわけです

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ねえ皆さんご存知の方もいるかと思います

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けれどもえ三井高敏という人物がえ江戸に

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ですねえご服点を開業しそのごご服点が

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ですね反映をしていったことでえ後にです

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ですねえ領外賞へもえ進出をしていきえ土

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時代をですねえ代表するま豪商の1つに

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数えられていたわけなんですねまそしてえ

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江戸時代からですねこう明治時代に変わっ

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ていく中でま三池はですねまどのように

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こう生き延びていったかとえそしてこう

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財閥として発展していったかとま言うと

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ですねま最初はですねこう明治新政府と

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こう密接にこう結びついたまいわゆるこう

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いうのをま斉唱という言い方をするえ場合

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もありますけれどもえまさにこう政府と

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です政府とこう協力関係をですね結ぶこと

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によってえ発展をしていくんですねま

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しかしえ後後にですねこう政府への依存

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からですねこう脱却をしながらえ近代化を

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進めていってえ後にですねこう井財閥と

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言われるま大きなえ財閥を作っていくとま

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いうことになっていくわけですえではです

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ねまそのプロセスについてえ見ていきたい

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と思い

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ますえではえ罰の事業展開についてえ見て

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いきたいと思いますえ江戸時代にですねま

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多くのま領外賞やですねえ大きな商人たち

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というのはですねえ幕府やまあるいは大名

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たちとですねこう密接なえ関係をえ持って

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いましたえそしてこう明治維新の時にです

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ねこうしたま幕府や大名だしの結びつきの

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え強かったですねえ大商人たちというのは

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ま中にはですねこう没落していってしまう

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ものもま多かったわけなんですですねえ

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そのような中でこう三池がですねまどの

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ようにしてこう生き生き残っていたかとま

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言うとですねま1早くこう明治新政府と

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ですね関係を持ってま政府に新政府に協力

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をしていったということなんですねまその

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時にですねこう大きな役割を果たしたのが

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ま三家のですねま番頭的な役割をしていた

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美村リモという人物でしたえ彼がですねま

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明治政府のま後にま大倉教大倉大臣になる

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ですねえ井上カとですねま密接なえ関係を

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作っていきまそしてえ明治政府に協力をし

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ていくわけなんですねまそしてえ

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1876年にですねま三はこの領外所を

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控訴して三井銀行をですねえ設立するわけ

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ですけれどもこの三井銀行はですねまなん

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とま明治え明治新政府中央政府とそして

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こう地方政府のですねま税金などのま金ま

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大のお金ですねまこれの取り扱いをですね

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ま任されるということになったわけなん

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です

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ねまさらにですねその同じ年え

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1876年にですねえ三井物産が設立され

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ますこの三井物産という企業はですねま今

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でもえ日本を代表する総合省者として有名

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ですけれどもこの三井物産ってじゃ

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そもそも何のためにですねえ作られた会社

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かというとえま元々はですねまお米のえ

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流通や販売を行う企業としてえ設立される

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んですねでなんでじゃあその三井物産が

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ですねえお米の取り扱いをするようになっ

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たかというとですねこれは実は起訴改正と

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関係がありましたえこの先ほどですねこう

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三井銀行がま政府のお金を取り扱うつまり

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これはですねえ国民が納税したですね起訴

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のえま取り扱いをするってこなんですねま

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そしてえこれはま授業でもお話をします

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ましたけれどもえチソっていうのはえ従来

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のえ徳川時代の年がですねお米で覚めてい

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たのに対してえ現金で収める必要がある

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わけだったわけですねまなのでえ農民たち

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はですねこうチソという税を納めるために

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ですねこ農民がえお米を売却しなければ

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いけなかったというわけなんですねまそこ

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でこの三井物産というのはですねえこのえ

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地をえのえ機能するため訴を機能するため

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にですねこう農民たちからですねまお米を

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ですねこうえ買い取っていくわけなんです

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ねでそしてその買い取ったお米をこう流通

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させていくという仕事をまするのと同時に

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えそのえお米をですね買い取ったお金が

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そのまま今度はですねま地としてえま三井

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銀行を経由してえ政府のえ近郊に入って

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いくとまこういう風にですね実はこの三井

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銀行と三井物産というのはえ政府のですね

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え特にこう納税基礎の納税に関するこうお

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金の取扱をえ引き受けることを通じてです

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ねま事業のえ基盤を作っていったわけです

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えさらにですねこの三井物産はえ繁栄三池

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炭鉱まだこれはあのえ徳川時代からですね

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え引き継いだえ単行ですけれどもえこのえ

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三池炭鉱から出るえ算出される石炭のです

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ねま海外への販売権というものをですねま

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委託販売権という風に言いんですけれども

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ま海外でその

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え担をですね販売する権利というものをえ

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この三井物産は獲得え政府からですねえ

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依頼を受けるということになるわけなん

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ですねまこうしてですねこの三井物産と

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いうのはえこのえ国内におけるこのお米の

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ですねえ回答流通やえ買取といった事業に

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加えてですねえ海外にえこう石炭を販売

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するという仕事も行うようになっていき

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ましたえこのことがですねこう三井物産が

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ま後にこう貿易勝者としてえ発展をして

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いくま第1歩にまなっていたわけなんです

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ねえここでですねえ今え名前が出てきた

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人物を少し紹介しますけれどもえまずこの

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左の人物がですねえ美村リザ門という人物

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ですえ先ほども言ったようにこのミノ村と

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いう人物はえこの三家のですねえいわば

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こう番頭的な役割をえしていた人物でえ

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このえ幕府旧幕府そして明治政府とのです

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ねま交渉薬としてえ新規の混乱期を

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乗り切ってですねま明治新政府とのえ関係

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をですねえ作っていったえ重要な人物でし

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たで右の人物はですねえこれはちょっと

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初めて登場しますけれどもえ増田孝という

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人物でえ先ほどえお話をしましたえ三井

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物産のま初代の社長になったえ人物ですえ

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そして彼はですねこの三井物産をですねま

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大きく成長させてま日本を代表する貿易

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勝者へとですねえしていくのとともにま後

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にですねこの三池えからですねこう三井

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財閥にこう発展していく上でもえ重要な

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役割を果たした果たしてえいくことになり

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まし

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たえこのようにですねま三井三井家はこの

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三井銀行と三井物産という2つの企業を

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中心にですねえ発展していくわけです

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けれどもまさらにですねえ新しいえ事業

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部門としてま高山業にえ進出をしていく

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ことになりましたえ元々その両会賞ご服省

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だったですね三がなぜえこの高山業に申請

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してたかというとこれはですねえ明治政府

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がえ松方財政の時に行ったえ繁栄鉱山の

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払い下げをですね受けていく受けていく

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からなんですねま特にえこの元々このえ

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石炭の販売でですねこう関係を持っていた

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え繁栄の三井鉱山あました三鉱山ですねえ

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これをですねえ三井家がですねえ払い作業

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を受けことによってえ他にもですね多くの

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鉱山を手に入れてくんですけれどもえこの

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三はま鉱山業ま特にこう石炭であったりと

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かえ金属ですねまこういったものにこう

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進出をしていきま後に密鉱山という会社を

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え設立していきますまこのようにですね

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こう三池はえ江戸時代におけるこう領外省

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ご副省からですねえ銀行そして流通そして

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鉱山とこう新しい事業にですねこう展開を

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えしていきながらま明式にこう発てを遂げ

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ていくことになったわけ

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ですえさてですねま無事にこの明治維新を

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ですね乗り切ったえ三家にもですねま試練

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が訪れるんですねまそれはですねこの松方

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財政の頃にですねま特にこの三井銀行が

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ですねま経営危機に陥ってしまうんですね

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えそれはどういうことどうしてこういう

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ことが起きたかというとですねま1つは

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ですねえこのえ松方財政の時にですねま

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日本の中央銀行であるま日本行が設立さ

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れるわけですねまそうすると今までこう

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三井銀行がやばこう政府の金庫版として

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ですねえ政府のお金を取り扱っていたもの

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がですねまえ中央銀行ができたわけです

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からそっちがま行うようになっていくとま

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いうことでまこの三井銀行の収益基盤の1

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つであったえ換金つまり政府のお金を

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取り扱うという業務がまえなくなっていく

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ことになってしまいましたまさらにですね

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え元々このえ三井えはですねこう三井物産

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と組んでまお米をですね買い取っていくと

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いうまこういうえ仕事をしてたわけです

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けれどもえ方財政のデフレ景気によって

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ですねまベカが大幅に下落をしていくとま

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いうことがえ起きたりしてですねま本来

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そのお米を担保にえ貸し出していたえお金

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がですねえ回収できなくなるといったよう

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なまいわゆるこう不良再建の問題という

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ものがですねこう発生してしまってまこう

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いった理由からですねえ三井銀行がま役期

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に陥ってしまうとま三井銀行っていうのは

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この三家の1番こう中核となるえ事業でし

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たのでまこの問題はですねこう三家全体に

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とっても大きな問題となっていきましたえ

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このえ問題をですねこの危機をですねえ

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解決するたびにえ平された人物がえこの

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写真に載ってる人物ですけれどもえこれ

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中川彦次郎という人物でしたえ彼がですね

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この三井に乗り込んでまこのえ経営に経営

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難に陥っていたま三のえ立て直しを行って

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いくことになったわけですえではですね

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この中川がまどのようなえ改革をですねま

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行っていったかとまいうことですけれども

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ま1つはですねこのえ不良債権を抱えて

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しまって景気となっていたえ三井銀行のま

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経営を整理してえ再建をしていくとまいう

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ことを行ったわけですけれどもまこの時に

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ですねえ中身側はですねえ今までのこの

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政府と結びついたま銀行の経営の仕方では

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ですねええやっていけないということでま

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政府との関係のですねま脱却とえいうこと

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をえ進めていくことになりますまさらに

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ですねえこの中身側はですねまこれまで

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この江戸自体から続くですねこの三家のま

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え会計の仕組みというのがですねま

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いわゆるこう三のえ財産とですねえこの

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それぞれの事業を行っている会社のですね

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資産というものがですねこう1つに

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ごちゃごちゃになってしまっていたとま

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そういうことがまこの三家の家計とですね

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企業の経営というものがですね一緒になっ

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ていたことがまやばこの経営の不透明性を

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生んでいるんだとまいう風に考えてですね

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ま家計とま経営のえ分離とまいう言い方を

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していますけれどもこう三のま財産という

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ものとま企業の経営というものをこう

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切り離してですねいくとえいう方針をま

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打ち立ててえ実行していきましたまこの

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ことがですねま後のま持株会社の設立と

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いうのにつながっていくことになります

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さらにえ中身側はですねえ従来のま銀行や

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え商業ですね物産といった部門に加えて

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ですねま工業部門へのですねえ進出も図っ

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ていこうとしますまそのためにですねま

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すでにこう設立されていたえ芝浦政策書金

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が不防石え王子政子といったま当時の

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大きなですね株式会社企業にですねえこの

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自ら出資をしてですねえこのえ三家の多角

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化というものをえ進めていこうとしました

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まさらにですねえこのえ実際のこのえ密の

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ですねえ経営を担うえ人材についてもです

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ねま従来の江戸時代からのですねいわゆる

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こうえ内部でですね

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え修行してえ上がっていくという仕組みで

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はなくてですねま当時のま学校ま後の大学

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になりますけどもえ当時の学校を卒業した

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ま外部の人材をですねこう積極的にこう

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採用してえいくということをま行っていき

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ましたえそういったこの新たににですね

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採用された人たちの中からですねま後の

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この三家のですねえ企業の慶王になって

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いくま専門的な経営者というものもえ登場

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していくことになりまし

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たまそしてですねこの中川彦次郎がま

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亡くなった後ですねえ三池のえ経営をです

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ね実質的に担っていったのがこの増田孝志

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という人物でしたま彼はですねどのような

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経営改革を行っていったかというとですね

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えここでま初めてこのえ持株会社であるま

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三井神明会社というえ会社をえ設立えして

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え彼がですねこの三井合名会社の初代の

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理事長にえ就任することになりましたえ

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これはどういうことかとこの三井神明会社

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とはどういう会社かと言うとですねえこの

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え先ほど言ったそのコンセンの持株会社と

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いうことになりますのでえ今までのこの

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三池のえ保有していた様々な企業の株式を

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ですねえこの三井合名会社がえ保留をする

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ということになっていますまそしてですね

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え重要なことはですねえこのえ三家元々の

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この創業家であった三家はですねこの三井

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合名会社をですね設備したのしたのを経に

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ですねえ三自らはま経営の第1戦からえ

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知り続とまつまり三家はまこのえ自分たち

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の資産をもに三井合名会社を設立しえこの

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三井合名会社のというのはこの松田孝に

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代表されるようなですねこう専門的なえ

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経営者にですねもう委託するとまこのよう

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な形でですねこの三井財閥というのはです

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ねま三井の名前もちろんついています

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けれどもま実際にはこのようなこの専門的

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な経営者たちがえ経営を行っていくまこう

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いう企業体制へとこう変わっていったわけ

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なんですねまそしてえこの増田孝の時代に

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はですねまさらにえこの重科学工業への

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ですね進出とえいうのも図え行っていき

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ましてま三井財閥というのはですねま銀行

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え商業そしてえ工業ええ抗残業ですねま

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そしてえ様々な工業部分という風にですね

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ま幅広いえ産業分野にですね企業を持つま

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大財閥としてま成長をしていくことになっ

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たわけですえここまでがですねこの三井

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財閥のえ発展についての話ということに

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なります

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明治時代産業発展財閥三井三菱経済史歴史企業松方財政経営改革
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